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「めぐり逢わせのお弁当」(DABBA)

-間違った電車でも正しい場所に着く、のか-
2013年 印/仏/独 リテーシュ・バトラ監督



以前、劇場でトレーラーを見て面白そうだなと思っていたのだけど、その後すっかり忘れてしまっていた作品。WOWOWオンデマンドに入っていたので、あ、あれか、と思い出して鑑賞してみた。
知的で、物静かで、可愛らしく、奥ゆかしい、踊らないインド映画。

ワタシはインドについては、本当に全く知らない。インドといえば、何かと強烈な、カレーとガンジーの国、というイメージで、それ以外には何もない。他の主要な国についても、特に知っているわけではないけれども、よく比較される中国と比べても、インドの事は本当に知らない。恥ずかしながら「スラムドッグ$ミリオネア (2008)」を見たときに、初めてボンベイはムンバイに呼び名が変わったのか、と知ったぐらいに無知である。

だから、何が出てきてもへぇ〜!という感じにはなるわけなのだが、サラリーマンの各家庭で午前中に作った作りたてのお弁当を集荷し、ビジネス街の夫の元に配達するサービスがあるというのには、実に、ほっへぇ〜〜〜!という感じだった。出来立てホヤホヤのお弁当を自宅から個別に配達するなんて、食に貪欲な中国人でも考えなかったビジネスではなかろうか。中国は昔から外食が発達しているので昼は外に出て店で食べる人が多いのかもしれない。インドはお弁当派が多いという事か。外食でなく弁当を食べる人が多くないと成り立たない商売ではある。この弁当配達人は「ダッバー・ワーラー」と呼ばれ、驚くべき事ながら、誤配、遅配もほぼ皆無(600万分の1の確率でしか起きないとか)で毎日5000人が顧客の家と職場を往復して20万個の弁当箱を配り、また回収して弁当箱を各家庭に戻すという事をやっているらしい。こういう仕事を考えつくというのが、やはりインドらしいというか何というか、他の国では考えつかない(考えもしない)仕事であろう。


集めた弁当をひっ担いで電車に乗る。どうやら弁当屋さん専用の車両があるようだ

本作は、その珍商売をネタに使ったしみじみとした佳作。昭和20年代頃の、昔の日本映画を見ているような感じもするし、アン・リーの台湾時代の作品「飲食男女」を少し思い出したりもした。

主人公のイラは、ムンバイ郊外の集合住宅に夫と娘と三人で暮らしている主婦。昨今、夫の関心が全く家庭に向かなくなっている為、上の階に住む叔母のアドバイスで、夫の愛情を取り戻すため、手作り弁当に精を出す。
彼女の作った弁当は袋に入れられて、集荷に来るダッバー・ワーラー(弁当配達人)に渡される。契約している各戸から集められた弁当は配達人達とともに駅から電車に乗って、ムンバイの繁華なビジネス街へと運ばれ、配達人達は自分の請け負った弁当を背負ってオフィス街を周り、ランチタイム前に客の机の上に弁当を置き、食べ終わった弁当箱を回収して、再び電車に乗り、契約している各戸に戻す。かなり原始的な方法だけれども、これで遅配、誤配はほぼ皆無だというから驚きのシステムだ。しかし、イラが想いをこめて作った弁当は、なぜか夫の元へは届かず、全く関係ない相手に届いてしまう。(使っている弁当の袋がたまたま同じだった為、取り違えられたらしい事がなんとなく分かる)


夫の愛を取り戻そうと、愛情弁当作りにいそしむイラだったが…

イラの弁当を受け取ったのは、早期退職を間近に控えた50代の男やもめ、サージャンだった。
家の近所の食堂に頼んで作らせている弁当を配達させて食べているサージャンだが、その日の弁当はあまりにも愛情こまやかに美味しいので驚く。一方のイラは舐めたように綺麗に空になった弁当箱に喜ぶが、帰って来た夫の言動で、どうやら間違って配達されたらしい事に気づく。

威勢のいいおばに勧められ、イラは翌日も手間のかかったお弁当を作り、ナンの下に手紙を潜ませる。それはすっかりと綺麗に弁当を食べた男へのお礼の手紙だった。サージャンはその日も誤配された弁当を綺麗に平らげ、イラが夫の為に作った弁当を食べてしまった事について詫びるでもなく、「イラへ 今日のは塩辛かった」と返信を書いて弁当箱に入れる。この、「お弁当食べちゃってすみません」でもなければ「弁償します」でもない返信がなかなか面白い。


毎日、他人の弁当をぺろりと平らげるサージャン けっこう図々しい

明らかに夫には届いていない弁当だが、配達人には何も言わず、イラは毎日弁当を作り、ナンの下に手紙を入れ、サージャンは綺麗に弁当を平らげ、返信を空の弁当箱に入れて返す…。日々、そんな手紙による断片的な会話を繰り返すうちに、イラが愛の冷めた夫と虚しい日々を送っている主婦であり、サージャンが妻に先立たれて子供も居ず、一人きりのわびしいヤモメ暮らしをしているという事が互いに分かってくる。

よく考えた企画というか、面白い思いつきである。自宅から職場への弁当配達という職業が成立しているムンバイでなければ成り立たない話であるところが面白いし、間違いなく21世紀のいまどきを生きているのに、スマホもPCも全くの無関係。二人の通信は弁当箱を介して、eメールではなく手紙というアナクロかつアナログな手法で訥々と続くのが、インドらしくて、なんとなく良いし、イラとサージャンが下品ではないので、どこやら奥ゆかしい雰囲気すら漂ってナイスである。



アナログといえば、シーリングファンが事務的に回っているサージャンの職場にはまだPCが導入されていないらしく、皆、書類の山に埋もれながら、デスクの上で黙々と書類をチェックしたり、手書き書類を見ながら電卓で計算をしたりしている。ムンバイでも超高層のビルがボンボン建っていて、その中に入っているようなオフィスでは無論、先端的なIT化が図られているのだろうけれども、そうでない職場もまだまだ沢山存在するのであろう。

ムンバイの通勤風景も面白い。電車のドアが閉まらないほど人が乗り、ドアが閉まらなくても発車して走ってしまうのがインドらしい。満員電車や、朝の駅の大混雑はどこの大都市も変わらない。が、電車を利用して、自分が請け負った弁当を専用の荷物台に乗せ、頭に乗せて車両に運び、自らも電車に乗ってビジネス街に向かう弁当配達人たちはムンバイ特有の存在である。ランチ後、空の弁当を集めて電車で戻る際には、配達人たちは手拍子を打ち、陽気に歌を歌いながら帰る。何となくアフリカの民族みたいでもある。のどかだ。


ムンバイの通勤電車 山手線が走っていても全く違和感のない光景だ

イラの作るお弁当がまた、とても美味しそうである。すごく美味しい、という感じが視覚的にも伝わらないといけないわけだけれども、ちゃんといかにも美味しそうに映っている。イラがお弁当を詰めている4段重ねのステンレスのお弁当箱セットも、清潔そうで機能的でなかなか良い。このお弁当箱を見ていて、こういうのはどこかで見たな、と思ったら、アン・リーの「飲食男女」で、ホテルの料理長だった父親が、孫のような年の、娘の友達の子供に手作り弁当を作って学校に持っていってやるシーンを思い出した。そこで出てきたのもステンレスの、何段かに重ねられるお弁当箱だったと思う。中に入っているのは小学生のためのお弁当とは到底思えないような手の込んだ中華料理だったっけ…。



閑話休題。

情け薄の夫に悩むイラが、まず夫の愛が冷めていること、そして上の階に住むおばさんは寝たきりの夫を抱えて介護しながら暮らしている事などを手紙に綴る。お互い、顔も知らない相手だからこそ、気軽に自分や周辺の事を書いたりもできるのだ。日常、顔を合わせている人間には絶対に知らせないような事も、知らない相手になら気楽に打ち明けることができる。というわけで、イラから思いがけず人生相談のような手紙をもらった事で、サージャンもプライベートを少しだけ明かす。妻は亡くなって、一人で生きていることを…。イラは若いので率直だが、年配でインテリらしいサージャンの手紙は、遠く明後日の方角からぽそっと来て、ちょっと沁みる事が滲ませてあったりする。ある時は落ち込んでいるイラを慰めようと、ちょっと笑えるような事を書いてくる。その返信における距離の取り方に、インテリで年配の男らしい感じがよく出ている。

静かできめ細やかな演出方法など、折々昔の日本映画を見ているような気がした映画だった。昭和20年代の日本なら、千葉泰樹監督あたりでサラリといい感じに仕上がりそうな題材だなぁ、などと思いつつ見ていた。主人公の若妻はやっぱり高峰秀子あたりになっちゃうのかしらん、なんてね。
定点観測的に、同じ場所で同じように繰り返されるシーンの積み重ねの中に、登場人物の心のひだや、その時々の心情を漂わせる演出には、少し小津風味も漂っていたような…。いずれにしても、これまでのインド映画のイメージを大幅に覆す作品だと思う。


向かいの家の家族団らんを、タバコを吸いながら、一人ベランダから眺めるサージャン

物静かで、インテリらしい雰囲気を漂わせ、少しくたびれて口数の少ないサージャンの引き継ぎ要員として入ってきた男シャイクは、小柄で色黒でお調子者で人懐こい性格。よく喋る。孤児だったので、何もかも独学で学んで世の中を渡ってきた、という。かなりいい加減だが憎めないこの男が出るシーンは、そこにだけちょっと従来のボリウッド風味が漂っている。早期退職を計画し、世捨て人のように生きていたサージャンは、当初、この鬱陶しい新入りを疎ましく感じるのだが、めげずになついてくる彼に次第に心を開くようになる。イラとの弁当箱の文通が、世捨て人の心をいつしか浮世に戻していたのである。新入りとの距離の縮まり方が、毎日の文通と並行して、自然にさらりと描かれているのもチェンジオブペース的に上手いと思う。


お調子者の後任、シャイクと

日々の文通をとおして、互いに少しずつ心の隙間を埋めていくサージャンとイラだが、ある日、夫の浮気を知ったイラは、サージャンに一度会ってみたい、と書き送る。サージャンは嬉しさを隠しきれず、彼なりに身だしなみを整えるのだが、ヒゲを剃る自分の顔を鏡の中に見て、いつしか、愕然と老けていた自分に改めて気づく。通勤の電車の中でも若者に席を譲られ、若くない自分というものをダメ押しに思い知らされるサージャン。イラは約束のカフェでずっとサージャンを待ち続けるが、彼女の前にサージャンは姿を現さない…。
このサージャンのたゆたいの奥ゆかしさはどうであろうか。
自分から老人の臭いがした、と伝える手紙の文面が、とぼけた味わいの中に自嘲を滲ませてほろ苦い。
自分の年齢や容姿などお構いなしに、こりゃしめた!とイラの前に出て行く男の方が世の中には多いのではないかと思われるけれども、繊細なサージャンにはそれができない。まぁ、それがサージャンのいいところ、という感じであろうか。
この二人はこのままスレ違ってしまうのか、それともついに相見えるのか、この先はどうなるのか、は観客それぞれの思いに委ねるオープン・エンディングなのも作品に合っていて好ましく感じた。

余談だが、セリフにところどころ英語が混ざってくるのが面白かった。サージャンの上司は常に英語しか使わない。サージャンは英語とヒンディー語が半々ぐらいだろうか。インドでは英語は公用語のヒンディー語に次ぐ準公用語になっているそうなので、総体的に英語力が高いのだろうし、大学を出た人間は皆、不自由なく英語を使いこなすのだろうと思われる。
イラの手紙はヒンディー語で書かれ(ナレーションで分かる)、サージャンの手紙は英語である。イラは日常的には英語を使わないが、もちろん、読み、書き、話す事もできるのであろう。

また、上の階に住んでいる、声だけでしか登場しない、「おばさん」も、しっかり者の世話焼きのおばさんらしい感じで良かった。最後まで顔を出さないのがナイス。それなりに苦労を抱えていながら、いつも元気で、威勢よくイラに様々なアドバイスをするこのおばさんと逆に、末期の肺がんの夫の介護を自宅で続けるイラの母は、忍従型の、昔ながらの「耐える女性」の典型で、日本にはもう、こういうタイプの耐える女性はかなりの年配でも存在しないのではなかろうかと思ったりした。ラスト間近、この忍従の母がイラと会話するシーンが解放感に溢れていて、少しほっとした。



*****
イラを演じたニムラト・カウルも、サージャンを演じたイルファン・カーンも、共に好演で、この映画が表現したい世界をしっとりと静かに、的確に表現していた。本作がヨーロッパ各国で大ヒットしたというのも、何となくうなづける気がした。

コメント

  • 2015/09/07 (Mon) 19:33

    kikiさん、たいへんにご無沙汰です。お元気でしょうか?

    本作は昨年映画館にて観たのですがたいへんお気に入りの作品となりまして。主演ふたりの奥ゆかしさ。インド人にもこんな人がいるのか・・と。
    そう、ヨーロッパでとてもヒットしたとのこと。この作品じたいがヨーロッパ映画のようだと感じました。
    ラストも好きでしたねえ。白黒つけず説明しすぎないのがまたいいなと。わたしはハッピーな雰囲気を感じ取りましたが。
    日本でやるならそうですね、やっぱりデコちゃんでしょうかね。サージャンの奥ゆかしさは敏ちゃんには無理でしょうかね、やっぱり(笑)。「下町」とか「妻の心」のような雰囲気、いいと思うけど。誰がぴったりかな~。

  • 2015/09/08 (Tue) 08:31

    おおぅ、ミナリコさん お久しぶりですねー。その節はお世話になりました。
    ワタシは元気でやってますよ。ミナリコさんもスイーツ食べまくってますかしら〜?(笑)

    映画館でご覧になったんですね。これ、良いですよね。ほんと、インド映画というと騒がしくしゃべりまくったり、踊りまくったりするイメージしかなかったけど(殆ど見た事もないくせに)、目からウロコでした。
    ヨーロッパ映画っぽい雰囲気もありますよね。イラとおばさんの会話なんてイタリア映画みたいだったり。香港映画のような感じもあったり。全体には古い日本映画にテイストが近いような気がしました。フランス人、こういう映画好きそうですよね。
    ラストは、ワタシもハッピーな雰囲気を感じましたよ。あのタイミングで行けば、サージャンは間に合っただろうと(笑)
    日本で昭和20年代にこういう映画を作ったとしたら、主演はやはりデコ以外にいない感じですよね。サージャンは、当時の敏ちゃんじゃ若すぎるので、山村聡あたりいかがかと。ふほ。

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