「エベレスト 3D」(EVEREST)

-何故、登るのか?-
2015年 米 バルタザール・コルマウクル監督



久しぶりにジェイク・ジレンホールの出演している映画でも見ようかと思い、それじゃ、一応大作だから「エベレスト」でも、と思ったのだが、これ、邦題に3Dとガッシリ入っているごとく、ほぼ3D公開のみの強気の興行なのである。そうは言っても2Dだってあるはずだ、と探したが、通常と異なり、2D上映館が殆どない。比較的近いところで1館あったが、上映時間の都合が合わない。ええい、飛び出し不要とあれほど言っているのに!と思ったけれども、近所のシネコンの会員デーなら通常より安く見られるので、その興行方針にかなり癪に触りつつも、3D上映を見に行くことになった。ほぼそれしか選択肢がないというのは、本当にやめてほしい。

事前に何も予備知識を入れずに見に行った本作。
うっすらと実話の映画化だということだけはわかっていたが、そういうお話であったか…。1996年にそんなことがあったとは。ニュースは見たかもしれないが忘れてしまったのかもしれない。日本人の女性登山家が混ざっていたから、日本でも大ニュースになったのだろうけれど、不覚にも覚えていない。

ともあれ、ヒマラヤ山脈の世界最高峰エベレストは、戦前から主にイギリス隊がチベットに遠征して登頂を目指してきたが成功せず、戦後、ネパール側から登山できるようになったこともあり、1953年に、あの有名なエドモンド・ヒラリーとシェルパのテンジン・ノルゲイのコンビが初登頂を果たす。この頃までは国家的なプロジェクトでの登山チームが挑戦してきたエベレスト登山だったが、その後、ルートが開発され、プロの登山家が何人も登頂に成功するようになり、1980年代に入ると、一部の富裕層によるガイドを雇っての登頂が始まる。1990年代半ば以降は、アマチュア登山家を公募で受付け、相応の参加費を支払えばガイドとシェルパがついて登山できるという商業登山が急増し、山は大混雑となる。本作は、この商業登山という形態が招いたともいえる遭難事故を描いた作品。



主役のロブ・ホールを演じるオーストラリア人の俳優ジェイソン・クラークは、これで初めて観たわけではないのだけど、「ゼロ・ダーク・サーティ」でも「華麗なるギャツビー」でもどこに何の役で出ていたのかサッパリ記憶にない。でも、今回の役で初めて顔と名前が記憶できたかもしれない。
ロブ・ホールが主催するニュージーランドの商業登山ツアーに申し込んだ金持ちの医者でアマチュア登山家であるベック・ウェザーズにジョシュ・ブローリン。我儘で口だけ達者で周囲に厄介かけそうな困ったちゃんな雰囲気を冒頭から醸し出している。
でも、本当に困ったちゃんだったのは、幾つもの仕事を掛け持ちし、参加費を割り引いてもらって参加している郵便局員のダグ・ハンセン(ジョン・ホークス)だったりするのだが…。


ジョシュ・ブローリン

で、ワタシのお目当てのジェイク・ジレンホールは何の役かというと、エベレストを同日に登頂する予定の商業登山隊があまりにひしめいているので、ロブ・ホールの呼びかけで、互いの登山隊が協力して登頂しようと助け合うことになる、アメリカからの商業登山隊を率いるスコット・フィッシャー役。なんでこの役をジェイクが演じる必要があったのか分からないが、ジェイクはいかな山男の役といえども、ルックスはロン毛に髭モジャでむさ苦しい事この上なし。本人のフィッシャーに似せたのかと思ったら、エンドロールで出てきたご本人の写真は髪も短めでスッキリしていた。おまけに役としても小さいし(基本的に群像劇だからロブ以外の役の比重はどれも重いというわけでもないけれども)、やけに表面上は調子こいているけれども、疲労困憊状態で何度もキャンプから頂上を往復するうちに電池切れで動けなくなってしまうという役で、さして演じどころもなく、こんな役のためにエベレストにロケに行って寒いところでウンウンと頑張ったりしたんだったら、完全にくたびれ損だねぇ…という印象だった。



キーラ・ナイトリーやロビン・ライトはガイドや参加者の妻役。エミリー・ワトソンは、ベースキャンプで待機する世話係りのおばちゃんの役だった。典型的なオールスター映画的配役ではある。

で、肝心の登山のシーンで唯一スリリングだったのは、深いクレバスにはしごを掛けて渡るシーンで、登山靴であんなつるつるすべりそうなはしごの上を渡っていくのはオッソロシイなぁ…という感じはヒシヒシと伝わってきた。強い横風が突発的に吹いてきたら、谷底まっしぐら、という感じである。見ているだけで足元から血の気が引いてくる。案の定、困ったちゃんキャラのベック(ジョシュ・ブローリン)はここで風に煽られてはしごにぶら下がる形になり、大騒ぎしてロブに助けられる。このシーンはゾワゾワした。

しかし、それ以外には、特にわぁ、凄い!と思うほどの景色が映っているわけでもないし(登山映画ならこの程度は普通でしょ?というような映像ばかりで、飛び抜けたカットやショットがあったわけではない気がした)、無論のこと、鳴り物入り3Dにした甲斐もない。というか3D自体が無意味だとワタシはずっと思っているのだが、いつまで3D興行を観客に押し付けて料金を上乗せして取るつもりなのだろうか。2Dと半々の上映ならまだしも、今回のように、ほぼ3Dのみというのは本当にやめてほしい。



映像が少しばかり立体的になったからといって、何がどうだというのだろう。雪山の中を行く登山隊が妙に浮き上がってみえたところで不自然なだけである。ゲーム画面みたいなチャチな感じにも見えてしまう。おまけに3Dになると、字幕が画面の一番表層のところに浮き上がって見えるのも違和感があって読みづらい。イメージとしては画面の一番上にガラス板のようなものがあって、そこに文字が浮き出ているような印象だ。何か奇妙である。

だから、3D料金を払ったからには、せめて山の風景でも、これまで観た事もないような絶景が見たいものだと思って行ったワタシの期待は、やはりというか何というか裏切られた。同じ山岳、登山映画なら、数年前の邦画「剱岳 点の記」の方がよほど山の景色に感銘を受けたし、自然の美しさと恐ろしさについて映画を見ながら思いを致したと思う。

ただ、今回の映画で何が印象に残ったか、というと、第一には商業登山があまりにも跋扈して、エベレストのハイシーズンはアマチュア登山家で大混雑している、という事だ。それと、山登りを商売にするというのは、やはり考えものではなかろうか、ということである。いくらルートが開発され、ノウハウが蓄積され、登山の道具が進歩して登りやすくなったとはいえ、エベレストは世界最高峰の厳しい山であることに変わりはない。酸素も薄いし、ある程度から上へはヘリコプターも近づくことのできない高い山なのだ。1996年の遭難事故はなぜ起きたかというと、第一には、このあちこちで公募された商業登山隊が押し寄せて大混雑になった結果、一度に多くが登れないヒラリー・ステップという狭い場所で大渋滞が発生し、登山者は順番待ちの間にかなりの体力を消耗してしまったという事があるようだ。渋滞以外にも、技術や体力の未熟な客を牽引することにガイドやシェルパの手が割かれてしまい、先乗りしてロープを張っておく筈の場所に張れず、当然ロープがあるものと思って行った後発隊がその場でロープを張ることになるなど、想定外の事態が起きたことで、酸素も体力も消耗した、ということもあったようだ。



また、商業登山隊として、けっこうな額の参加費を取って客を連れていっているからには、無事に登頂させ、下山させるという事が第一ではあるが、たとえ下山刻限を過ぎていたとしても、顧客が登頂を悲願としていた場合には無情に引き摺り下ろすわけにもいかなかったりする。料金に見合う満足度を提供しなくてはならないという辛さもある。どこでどう変化するかわからない自然を相手に、顧客満足度を満たしつつ、安全も確保するなどという事は、ほぼ不可能ではないかという気がする。その一方で、商業登山であってもオンブにダッコの世話をせず、何事も自己責任だとする考えで動くガイドも居る。ガイドに頼らずに登れる技術や体力がないなら登るな、というのは正論ではあるが、金を貰ってガイドを引き受けているからには、遭難した人を助けず、自分だけさっさと下山するなどという行為はあり得まい。

ニュージーランドのアドベンチャー・コンサルタンツ社が主催する商業登山隊を率いるロブ・ホールは、登頂目前だろうと何だろうと、下山刻限の14時がきたら下山する、という方針の持ち主だったが、前年にも参加して登頂目前で涙を飲んで引き上げた客が、今年が最後のチャンスだからどうしても登頂したいと訴えるのに抗えず、そのノロノロ登山に付き合う事にしてしまう。
このロブ・ホールの登山隊に参加した日本人の女性アマチュア登山家・難波康子は登頂に成功し、頂上に小さな日の丸の旗を立て、「ありがとうございました」と両手を合わせる。この辺はいかにも日本人らしい仕草だな、と思った。この人は全部ガイド付きの登山だったにせよ、世界7大陸の最高峰を6つまで制覇し、エベレスト登頂にも成功はしたのだが、生還できなかったため成功とはみなされないらしい。彼女は会社員として働きながら、休暇を使い、身銭を切って登山に挑戦していた人で、エベレストも登頂成功後、下山途中に嵐に見舞われて遭難してしまうのだが、生きて帰れていたらよかったのに、と思わずにはいられない。嵐が襲ってくるとは不運だった。

ロブ・ホールもスコット・フィッシャーも、商業登山隊を率いていたため、顧客をカバーしようとして体力を消耗し、エベレストの嵐の中で動けなくなってしまった。客を1ヶ月前から招集し、高地トレーニングを十分に行って臨んだ登山でも、想定もしないことがあれこれと起きるのだ。自然は厳しく、無情なのである。



それにしても、ロブ・ホールの隊のガイドで、けっこう元気でベースキャンプに戻っていたガイ・コター(サム・ワーシントン)が、朝一番で助けに行く、とか無線でロブに言いつつも、朝が来てもさっぱり動く気配がなかったのには、あれれ?という感じだった。そんなに元気なら助けに行けよ!という印象だった。

*****
現在もいよいよ商業登山隊は増える一方で、エベレストは残されたゴミなどの問題も無視できない状況らしい。だから清掃登山をする登山家もいるわけである。エベレストに登るにはけっこうな額の入山費用を払う必要がある。ネパール側でもチベット側でもそれらはバカにならない収入になるためだろうか、入山を制限するなどという動きはなさそうだ。

商業登山の参加者は、この入山費込みでかなりの額の参加費を払って登山ツアーに参加するのである。日本円にすれば、最高で1000万を超える参加費を払ってまで難行苦行をしにいく参加者は、一体、何を求めているのだろうか。

劇中にも、登山は一財産なくすし、体力も消耗するのに、それでも山に登りたいというのは、何でだろうな?というようなセリフがある。登山隊全員でおどけて「そこに山があるから〜!(because they are there!)」と叫ぶのだが、それは一般的な答えではあるが、多大な犠牲を払って、大金を使って、体をいじめて、それでも山に登りたい理由は、人それぞれにあるのだろう。

しかし、この映画を見ていると、ただひたすらに脳裏に浮かんでくるのは、そんなにまでして「なぜ、登る?」というシンプルな疑問だった。
何故、そうまでして登りたいのか…。
到底、人が生きられる場所ではないような高みに登ってみたいのか。
何かを成し遂げたという自己満足を抱きたいからか。
困難に挑戦する自分にウットリしたいからか。
マゾヒスティックなよろこびがあるからか…。

…わからない。そんなにしてまで、何故、登る?  …なぜ?

コメント

  • 2015/11/09 (Mon) 12:19

    kikiさん、こんにちは。
    この映画、わざわざタイトルに「3D」って…。
    確かに見方、味わい方を強制されるのはちょっと嫌ですねぇ。
    他の映画ですが、元からメガネをかけている客がそのメガネの構造によっては上から3Dメガネを装着しにくそうに見えました。
    また、ご指摘のように字幕が浮いて読みづらいとか、中には3Dメガネ自体に気分を害され、具合が悪くなる観客もいらっしゃるようですね。
    現在、テレビでCM沢山やってるので観に行きたいんですが、3D以外の上映会館が少ないとのこと。困ったものです。

    登山家、冒険家が何故危険を侵してまでも山に登る理由…。
    諸説ありますが一番は、困難な条件、状況であればあるほど、つまり極限状態で頼れるのは最終的に自分しかない、自己との対決…。
    自分に甘さがあればそれは死に直結する。
    だから山では、どんな場合でも決してギブアップしない強靭な精神力が要求される。
    極限状況での可能性の追求、そういうことでしょうね。

    あと、誰だったかなぁ。日本人の登山家がおっしゃってたけど、いわく、山にはどれも山頂に「憩い」があるんですって。
    登山家たちはそれを確認して、そこを味わうために山頂を目指すんだとか。
    余談ですが、わたくしの憩いの場は自室だったり、馴染みの茶店のいつものテーブルだったり、図書館だったりと、どれも平地にあるのでわざわざ凍えて睡魔と死に際の狭間で味わう高山の山頂にまで出かけたいとは思いません。笑


  • 2015/11/10 (Tue) 22:49

    sanctuaryさん
    そう。タイトルにしっかと3Dって入れてるんですわね。
    ホンネ的には2Dでは上映したくないんです、というのが丸わかり。そんなに3Dを強力に押し出すような映像じゃないというのに…。というか、3D自体が本当に無意味。改めて飛び出し不要論を主張しますわ、アテクシは。

    登山家が何を犠牲にしても山に登る理由は「極限状況での可能性の追求」あるいは「憩い」ですか。さもありなんという感じではありますけどね。八ヶ岳あたりならまだしも、エベレストに登りたい、というのはなにやら次元が違うお話って感じではありますわ。

    sanctuaryさんの憩いの場はお部屋とか茶店の馴染みのテーブルなんですね。コーヒーをお供に、という感じかな。
    ワタシはどこで憩いを感じるかなぁ。やはり自分の部屋と、ベランダで草花の世話をしている時かな。ふほ。長距離散歩なんかもけっこう憩いを感じます。今の時期は散歩にもってこいの季節で、気持ちいいざます。

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