「エヴリシング・オア・ナッシング:知られざる007誕生の物語」(EVERYTHING OR NOTHING: THE UNTOLD STORY OF 007)

-50年余にわたる”全てか無か”-
2012年 英 スティーヴン・ライリー監督



第25回の東京国際映画祭に特別招待されたドキュメンタリーらしいが、正式には日本未公開。ワタシはWOWOWで鑑賞。2006年に「カジノ・ロワイヤル」を観るまではボンド映画など関心の外だったので、今回、このドキュメンタリーを見て「へぇ〜」と思った事がいろいろとあった。例えば、制作会社であるイオン・プロダクションの名前の由来が ”EVERYTHING OR NOTHING” の頭文字を取ったものだったというのは初めて知ったので、アルバート・ブロッコリとハリー・サルツマンがまさに背水の陣で始めた仕事なのだな、という事がその名前からも伝わってきた。

これを観る前に、イアン・フレミングに関するドキュメンタリーも観ていたので、彼が第二次世界大戦中に諜報活動に従事していて、その時の経験や見聞を、戦後に「007」の物語を創作する際に生かした、という事は知っていた。そして、何も知らなくてもジェームズ・ボンドはイアン・フレミングのアルター・エゴであることは容易に想像のつく事である。なりたい自分、こうありたい自分を物語の中で羽ばたかせる、というのは作家にはよくあるパターンだ。日本でいえば、大藪春彦における伊達邦彦(「野獣死すべし」)がその最右翼であろうか。



007シリーズには、著者であるイアン・フレミングの人生観、女性観、サディズムなどの性的指向、食や酒の好み(食にはうるさいが酒についてはさほどの知識はなかったらしい)、スリル中毒—ギャンブルや冒険への志向が盛り込まれている。イアン・フレミングは筋肉質などとは対極にあるひょろりとした男で、風貌を写真などで観るとジェフリー・ラッシュに似ている気がする。原作のボンドは筋肉質ではない黒髪の男で、フレミングが自らを投影しているルックスらしい。
フレミングが当初から映画化を想定して小説を書いていた、というのはさもありなんという気がする。が、なかなか買い手がつかず、二束三文で映画化権を売った「カジノ・ロワイヤル」はハリウッドで三流映画になり、その出来にフレミングはガックリした。
007シリーズは、初めから大衆的な人気を博していたわけではなく、知る人ぞ知る、という感じのスパイ小説だったらしい。1953年に第1作目が発表された時代には、まだまだ受け入れられない要素が多かったという事のようだ。
曰く、下品で醜悪、サディズムに乱れたセックス、大喜びでベッドインする女達、紳士気取りが鼻につく、経費で遊ぶ勘違いのエセ紳士 という評が紹介されていたが、それも確かにその通りではあるだろう。しかし、広く大衆には受けなかったそんなスパイ小説に目をつけて映画化したがった男達がいた。アルバート・ブロッコリとハリー・サルツマンである。そもそも映画プロデューサーだったブロッコリに対し、サルツマンはサーカスの興行師だったらしいが、このサーカスの興行師というのが、どことなく007映画的な気がしないでもない。映画化権を取ろうと思っていたブロッコリが妻の病気などでつまづいている間に、サルツマンが映画化権を手中にする。が、彼は権利を買うのが精一杯で映画を作る資金がなかった。そこに二人を仲介する人物がいて、ブロッコリとサルツマンは組んで007映画を作る事になった。二人が作ったプロダクションの名前がイオン(EON: EVERYTHING OR NOTHING)というわけである。二人はハリウッドのメジャースタジオに配給を持ちかけ、コロンビアに断られ、UAに拾われた。

そして、ブロッコリとサルツマンはUAから反対されても、原作者の不興を買っても、無名だった毛むくじゃらのショーン・コネリーをボンド役に決めて押し通し、結果、映画をヒットさせる。そのムンムンとした男性美から濃厚に流れるセックスアピールに賭けたわけである。原作のボンドとも異なる映画でのボンドのイメージを作ったのは、1作目「ドクター・ノオ」を皮切りに、2作目、4作目を監督したテレンス・ヤングだったらしい。どう振る舞い、何を着て、何を言うのか、初期のボンドのキャラにはテレンス・ヤングその人のキャラクターとセンスが投影されているようだ。コネリーはテレンス・ヤングの作った枠に言われた通りに収まってボンドになった。13歳で学校を離れ、さまざまな肉体労働を経て大人になったショーン・コネリーは、かくして世界一有名なスパイ像として映画ファンに記憶される存在になった。



2作目の「ロシアより愛をこめて」も大ヒット、3作目の「ゴールド・フィンガー」に至っては異常なまでのブームになり、製作者も監督も主演俳優も、成功の甘き香りに酔った。ずっと映画化されて成功するのを望んでいた原作者イアン・フレミングにとっても待ちわびた頂点であったのだろうが、彼には「サンダーボール作戦」執筆の際に、他の人間と共同で考えたプロットを自分だけの名前で小説にしてしまったという失敗があり、訴訟を起こされる。結果、提訴者であるケヴィン・マクローリーは「サンダーボール作戦」に関しては映画化権を得る。これがのちのちまでも亡霊のように祟って、007製作陣はマクローリーに仕掛けられた泥沼の訴訟合戦に長年にわたって巻き込まれる事になる。イアン・フレミングが50代で心臓発作で亡くなったのも、そもそも酒やタバコやドラッグに溺れやすいタチだったところへもってきて、この訴訟沙汰の心労によるところが大きいらしい。

「ゴールドフィンガー」の異常なまでの成功は、それまで緊密だった製作陣にも歪みをもたらした。サルツマンはブロッコリを凌駕しようとしてエゴをむき出しにし、反発した。二人の製作者の間に亀裂が生じ、1枚岩ではなくなってしまった。そこへもってきて、ショーン・コネリーのギャラの要求がそれまでに拍車をかけた。貧しい労働者の家に生まれ、金に執着心の強かったコネリーは、もっともっとと要求を吊り上げたらしい。あまりに巨大な成功は、調和も人間関係も壊してしまうのかもしれない。そのあたりから、ブロッコリ、サルツマンサイドとショーン・コネリーの間には埋めがたい溝ができてしまったようだ。コネリーが何をそんなにねじくれて怒っていたのか、ブロッコリには全く理解できなかったという。



マクローリーとの訴訟合戦がシリーズ制作にあれこれと影を落とし、シリーズが途中からスペクターだのブロフェルドだのを出せなくなったのは、マクローリーの提訴による影響らしい。2006年にマクローリーが死去し、遺族とイオン・プロの間で和解が成立して、イオン・プロは漸く全ての権利を手中にし、スペクターも使えるようになった。というわけで、今回の007は満を持して「スペクター」を登場させているということのようだ。

コネリーはギャラ問題で交渉決裂し、「ダイヤモンドは永遠に」で007を降板。後任は、体力自慢の田舎者、ジョージ・レーゼンビーだが、彼は自ら調子に乗って滑って転んでしまった、と赤裸々に述懐していて微笑ましい。そもそも勢いにつられて何も俳優経験がない山出しの若者を採用してしまうイオン・プロもどうかと思うが、「女王陛下の007」はプロットとしては面白かったので、レーゼンビーでなければ面白い映画だったのに、と思わないでもない。レーゼンビーはその後、事業家として成功しているようなので、何かしら才覚はあった人なのだろう。ビジネスマンとして成功したから、過去ののぼせ上がった自分の失敗を笑い話にできるのかもしれない。007候補になった彼が、イオン・プロ側がしかけるさまざまな適性検査を受ける下りが、あまりにバカバカしくて笑えた。

ロジャー・ムーア、ピアース・ブロスナンについては前からも書いている通り、さっぱり興味がないのでスルー。ロジャー・ムーアは観客受けも良かったようだし、何作も作られているが、何が良いのかサッパリ分からない。そして、けして悪くなかったティモシー・ダルトンのボンドがなぜ80年代末の観客に受けなかったのかは、関係者も「分からない、説明がつかない」と言っていた。暗くて真面目でユーモアのセンスがなさすぎた、というのもあったのだろうが、アルバート・ブロッコリの娘、バーバラによれば、出すのが早すぎた作品だったとのこと。シリアスでやや暗めなトーンというのは、80年代のトーンではなかったのだろう。一方でロジャー・ムーア時代のおちゃらけ演出も部分的に残留していたのでバランスが悪かったのかもしれない。しかし、ダルトンのボンドは2作だけで終わる予定ではなく、3作目の準備にも入っていたらしいのだが、配給する映画会社の経営が危うくなってきて、権利があちこちに移ったためにダルトンの3作目は棚上げされざるを得なかったらしい。つくづくと、ダルトンはバッド・タイミングだったのだろう。気の毒である。



そんなこんなの6年の空白ののちに、ダルトンより前にボンド役に一度選ればれていたピアース・ブロスナンがボンド役を引き継いで成功。4本撮ったところで、父から制作を引き継いでいたバーバラは方向性を一新し、ボンド役を変更する事を決める。そして、ダニエル・クレイグがバーバラの熱い推挙により、6代目ボンドになったわけである。



以降についてはもう知っている事ばかりだが、バーバラ・ブロッコリが家業として「007映画」を作り続ける理由が、このドキュメンタリーを見ていてよくわかった気がする。成長のかたわらに常にあったボンド映画。少女時代にはジェームズ・ボンドは実在の人物だと思っていた彼女にとって、007映画を作る事は呼吸することと同じぐらいに自然なことだったのかもしれない。そして、彼女は本当に父のアルバート・ブロッコリを大好きだったのだろう。その父の頂点や苦悩、心労を傍で見てきて全て知っていた彼女は、長年悩まされた訴訟沙汰もケリがついたからには、新しい時代に新しい007映画を作ってヒットさせ、さらに作り続けていくことは当然のことでもあり、使命でもあるのだと思う。



だから、まさに「全てか無か」の大博打だった「カジノ・ロワイヤル」が当たった時に、彼女がいかばかり嬉しかったか、というのは想像に余りある。確かに「カジノ・ロワイヤル」には、何かがあった。007映画など全く関心がなかったワタシは、ふと目にしたポスタービジュアルにピンと来るものを感じた。予告編を見て、これはどうしても見に行かなくてはならない、と思った。強い吸引力があった。絶対に面白いに違いないという勘が働いた。そして面白かった。
それから9年。わけも分からず「カジノ・ロワイヤル」に惹きつけられたのも勘なら、「スペクター」について、なぜかさっぱり引っ張られない、観る気がしない、というのも勘である。サム・メンデスが(でなければバーバラ・ブロッコリが)持ち込んだ「過去への旅」という流れは、何か違和感があって乗れない。

バーバラ・ブロッコリは「カジノ・ロワイヤル」で人生最大の賭けに勝ち、007映画制作の裏でさまざまな困難に見舞われた父の無念を晴らし、21世紀に新しい007映画を作った。見事にやったと思う。そんな彼女が自らの成功のシンボルであるダニエル・クレイグに執着する気持ちもわかるが、ワタシはダニエル・クレイグについては「カジノ・ロワイヤル」1本あれば十分である。あの映画のダニエル・ボンドは特別に光っていた。エヴァ・グリーンも魅力的だった。マッツ・ミケルセンも印象的だった。あれを凌ぐ007映画はなかなか作れないと思う。



始めた時には、誰も50年も続くとは思わなかった長寿シリーズ映画の、誕生から現在までを98分にまとめた、面白いドキュメンタリーだった。ショーン・コネリーのグリーディな部分が分かってへぇ〜という感じでもあったが、関係者はそこそこ、よく語っていたと思う。

バーバラ・ブロッコリが父のアルバート(カビー)・ブロッコリについて語りながら、最後の方で時折目を潤ませていたのが、父親っ子のワタシには、なんとなく共感できるセンチメントだった。

コメント

  • 2015/12/06 (Sun) 22:28
    ドロドロですね

    Kiki さんこんにちはリンクバナーありがとうございました、とても光栄です.

    このドキュメンタリーは、ボクもオンデマンドで昨日観たばかりです.
    このシリーズは好きなシリーズなので、すべてセル・ソフトを持っていますが、裏でこんなにもドロドロだったとはねぇ.
    こういう大金が動くところにはよくある話だとは思いますが.

    イアン・フレミングの姪の女性、とてもきれいな方でしたね.
    ボクはそこが気になったりしました(笑)

    ちなみにボクはダニエル・クレイグ大好き派.
    でしたが、Skyfall はちょっとやりすぎ感が強かったなぁ.

    ちなみに "007は二度死ぬ" でコネリー一度降板し、"女王陛下の007" 、そしてコネリー復活の "ダイヤモンドは永遠に" だったかと思います.

    • la_belle_epoque #aAIKTiXc
    • URL
    • 編集
  • 2015/12/08 (Tue) 08:43

    la_belle_epoqueさん 一方通行にならないように、こちら側もリンクをはらせていただきました。
    ただワタクシ、さっぱりブロガー同士のお付き合いに熱心じゃないので、ご無沙汰ご容赦くだされたく…。

    全てセル・ソフトを持っておられるんですか。気合いの入ったファンなんですね〜。ワタシはダニエル・クレイグの「カジノ・ロワイヤル」が気に入ってまして、それ以外はショーン・コネリーの初期の4本ぐらいかな、という感じですが、このドキュメンタリーはなかなか面白かったです。イアン・フレミングという人物に興味があったので、せっかく世界的な成功を手にしたのに短い人生だったのだねぇ、とか、コネリーってかなり嫌な野郎だな、とか、あれこれ面白く見ました。
    そうそう。コネリーが欲につられて出たり入ったりしてるもんで、間違えちゃいましたね。「ダイヤモンド」は「女王陛下」の後に復帰して撮ってるんですね。
    フレミングの姪御さん、感じのいい女性でしたね。フレミングの姪とは思われない人あたりのいい雰囲気でした。

  • 2015/12/29 (Tue) 22:14
    No title

    kikiさん、おひさしぶり!

    暮れも押し詰まってきました。このところ忙しくて書き込む暇がありませんでした。
    まず、前回のトピック「コードネーム U.N.C.L.E」。私は「ナポレオンソロ」のデイビッド・マッカラムが好きだったので満を持して見ましたが、kikiさんと同じく冒頭のカーチェイスほどの面白さを(トレーラで何度も見て期待してたのに!)その後に感じることなく見終わってしまいました。
    イリヤ・クリヤキンは昔のイメージを求めるのは不可能とわかっていたのでそう期待せずにまあまあ楽しみたかな?

    次いで、このトピック読んでる途中から「kikiさんてパパっ娘なのね!」とひしひしと感じてたら最後の段で「父親っ子のワタシ」といみじくもto tell the truthされてたんで思わず横手を打ちました(笑)そういえば以前森茉莉の話題で彼女のことを「パパ大好き娘」と反応してらしたなぁ・・・なんて思い出しちゃった。

    もともと英国のスパイものは国家が「スパイという日陰の存在を国民に周知させ国を守る重要な役目なんだって認識させる為、元工作員だった作家たちに華麗なるスパイ小説を書かせた」って話を読んだことあるけど(真相はわからずじまいでしょうけど)。日本には、日露戦争前後、ロシアなどで情報活動に従事した人びとは後「露探」とさげすまれ社会からつまはじきされるという暗い歴史がありますしね。

    大成功の「ダブリュオーセブン」シリーズ。以前からいろんな系統があるなあと思ってたのでやっとこれ見て理解できました。まあ、どのボンド役者さんもそれぞれ苦労をされてるのね。

    私も最高に好きなのがダニエルの「カジノロワイヤル」。それ以降はジェマ・アータートンに惹かれて「慰めの報酬」をチラ見した程度。うーん、新作をkikiさんがためらうのわかるわ〜。でも、この番組見てなんだか「見てみたいな〜」と思ったのも確か。そのうち時間ができたらゆっくり見てみます。

    • ジェーン #io8unDfk
    • URL
    • 編集
  • 2015/12/31 (Thu) 10:39
    Re: No title

    ジェーンさん お元気でしたか。

    「コードネーム U.N.C.L.E」。
    >冒頭のカーチェイスほどの面白さを(トレーラで何度も見て期待してたのに!)その後に感じることなく見終わってしまいました。

    ほんと、そうなんですよね。全体にあのぐらいの感じで行ければ、けっこう面白かったんだと思うんだけど、壁を越えたらあっという間に緊迫感がなくなっちゃうんですよね。あらららって感じでした。

    > 次いで、このトピック読んでる途中から「kikiさんてパパっ娘なのね!」とひしひしと感じてたら

    この記事読んでて途中で感じました?最後じゃなくて? それはすごい。
    でも、このブログを割に最初の時期から読んでいる方は気づいておられる方もけっこう居るかもしれませんね。

    > もともと英国のスパイものは国家が「スパイという日陰の存在を国民に周知させ国を守る重要な役目なんだって認識させる為、元工作員だった作家たちに華麗なるスパイ小説を書かせた」

    あ〜。そうかもしれませんね。グレアム・グリーンとか、このイアン・フレミングとか、実際に情報部に居た人達ですしね。もし、上層部の意思に反して情報部のことなんか書いたら痛い目に遭ったのかもですが、広報活動の一環として書く事を奨励されていたなら書きやすいですよね。ネタとしても特殊で面白いわけだし。

    「スペクター」は、雰囲気的にそれほどの出来じゃないんだろうけど、娯楽作としてはまずまずのラインなんだろうので、ヒットしてるみたいですね。でもまぁ劇場で見なくてもいいので、ダニエル・ボンドの集大成として、映画チャンネルに降りてきたら見てみますわ。

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