「THE FALL 警視ステラ・ギブソン」(THE FALL)

-追う者の闇、追われる者の闇-
2013年〜 BBC2



シーズン1を海外ドラマチャンネルで見たのは、去年だったのか、一昨年だったのか覚えていないのだけど、割に面白かったという記憶があった。犯人がヤバいのはもとより、主人公の女性警視が心の奥底に深い屈折を抱えた女であるという点が異色で、それを「Xファイル」での、田舎の中学校の先生みたいな、真面目で野暮ったいイメージの強いジリアン・アンダーソンが髪を思い切りブロンドにして、体も絞って魅力的に演じている。ジリアン・アンダーソンをかなり見直した。年齢を重ねつつも昔より美人になっているし、演技もお見事である。頭は鋭いが常に疲れた顔をした、雌ライオンのような肉食系の女警視という役になりきっている感じがする。はまり役である。
シーズン1の筋などスッカリ忘れてしまったところでシーズン2が放映され始め、あぁ、あれの続きか、と見始めたのだが、シーズン1よりも、また一段と面白くなっていた。

舞台は北アイルランドのベルファスト。アイルランドとイングランドは昔から何かと紛争の尽きないところだということは漠然と知っていたが、ざっとした事しか分からない。ただ、因縁の深い対立が長く続き、日本人にはわかりにくい複雑な感情の渦巻くところなのだろうという事を察するのみだ。17世紀以降、イギリスの植民地になっていたアイルランドが共和国として独立した後、北アイルランドの6州だけはイギリスの直轄地として残った。ベルファストはその首都である。イギリス政府に直接統治されているために、政治経済面でイギリス本土の組織から人が送り込まれてくるが、本土から来た人間への風当たりは強いという。

ストーリーは、そのベルファストで有力者の娘が殺されるという事件が起き、一向に手がかりも掴めず捜査も進展しないため、ロンドンから捜査立て直しのため、ステラ・ギブソン警視が現地に赴く、というところから始まる。

このドラマは見えない犯人を追い詰めていく話ではなく、誰が犯人なのかは視聴者には早々に明かされる。若くてハンサムな家庭持ちの男で、一応まっとうな職業に就ており、誰も犯人だなどとは予想もしない男が犯人である、というのは定石なのだが、この男がなぜ連続殺人を犯すようになったのか。しかも、黒髪の美人ばかりを犠牲者に選ぶのか、など、屈折した犯人の心の闇と生い立ちがシーズン1からシーズン2にかけて徐々に明らかになってくる。
犯人が根深く心を病んでいる人間なのは当たり前といえば当たり前だが、「The Fall」の面白いところは、その犯人を追う警視ステラの方も、なんだかちょっとヤバいんじゃないの?という気配を醸し出しているところであろう。



ステラはブロンドの美人で、警察官としては優秀だが、心の奥底に何か非常に不安定なもの、危ういものを抱えた女である。ベルファストに着いてすぐに、地元警察にちょっと男前の刑事がいるのを目に留めると、さっそく妻子持ちのこの男をホテルに呼んで一夜を愉しむ。肉食系である。クールで何事にも気乗り薄といった倦怠感の漂う表情を浮かべつつも、彼女はシルクのブラウスを好み、しかも胸元をゆるくはだけて着る。スキがなさそうに見えつつもスキがあるタイプである。官能に溺れやすいことはステラの弱点かもしれない。



彼女をベルファストに呼んだのは北アイルランド警察の警視長で、元上司のバーンズだが、ステラはこのバーンズとも過去に不倫関係にあったのは言うまでもない。ステラにはファザコンの傾向があり、父の死に絡んで、彼女の過去には思い出したくない心の傷がある事が窺われる。父親との関係性は彼女のキャラの根幹をなす、重要なファクターである。この辺も、物語が進むにつれて徐々に明らかになっていくのだと思われる。



この人知れぬ屈託を抱えた切れ者の女警視、という役を、まさにそのもののように演じているジリアン・アンダーソン。企画・脚本のアラン・キュービットがステラをジリアン・アンダーソンで当て書きしたそうなので、製作者の理想通りのキャスティングだったのだろう。ジリアン・アンダーソンといえば小柄で赤毛でちょっとぽちゃっとしてて、品行方正、成績優秀、美人だけどモッサリしてて垢抜けない、田舎の学校の先生みたいな、あの「Xファイル」のスカリーのイメージしかなく、しかも、ワタシは「Xファイル」が流行り始めの頃に1〜2話しか見たことがないので、殆どどんなイメージもなきに等しかったのだが、こんなに演技力があり、こんなに魅力のある女優だったとは、「The Fall」を見るまで全く知らなかった。お見それしました、という感じである。


まぁ、とにかくこんな感じのイメージしかなかったが…

ジリアン演じるステラ・ギブソンの醸し出す、いわく言いがたい倦怠感と退廃感、知性の後ろに横たわる後ろ暗い肉欲は、アメリカにはない空気感だと思う。これはヨーロッパの空気感である。ジリアン・アンダーソンは一応アメリカ人なのだが、11歳までイギリスで育ち、ドイツやイギリス、アイルランドなどの血が混ざっているらしいので、アメリカ的な空気よりも、欧州的な空気の方がしっくりとくる人なのかもしれない。
舞台女優としても評価されていて、2014年にはロンドンで「欲望という名の電車」の舞台に立ち、主演女優賞を受けているそうだが、「The Fall」を見ていると、ブランチ・デュボワが適役であろうことは容易に想像がつく。



対する、黒髪の女ばかりを狙って殺す連続殺人犯ポール・スペクターを演じるのはジェイミー・ドーナン。モデル出身で、キーラ・ナイトリーと付き合っていたこともあるらしい。ソフィア・コッポラの「マリー・アントワネット」にフェルゼン役で出ていたようだが、へぇ〜そうなの、という感じ。フェルゼン役はおぼろげにハンサムだった記憶はあるが、「The Fall」の犯人とは全くの別人という感じである。昨今では「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」で主人公のグレイ役を演じたらしいが、まぁ、これはどうでもいいであろう。
で、「The Fall」が始まる時にはほぼ無名に等しかったジェイミー・ドーナンだが、ジリアン・アンダーソンと製作者のアラン・キュービットが推しただけあって、強力な存在感を放っている。ただ、ドラマの中で、彼の写真を見た人が「人を殺しそうには見えない」というシーンがあるのだが、いやいや、モロにそう見えるよ、と思った。



とにかく髭を生やしていることもあるが、全体に印象が暗い。目つきが暗くて鋭いし、こういう男が向こうから歩いて来たら、何かしでかしそうだな、という気がするのではないかと思う。誰が見ても、何も剣呑なことはしそうにない、善良で穏健な家庭人、というルックスではないだろう。ドラマの設定ではそういうことになっているのかもしれないけれど。でも、ジェイミー・ドーナンが演じる、変に頭が良くて屈折した犯人は、かなりのインパクトがあるし、また、不気味で複雑なメンタリティを持つ男をドーナンは非常にうまく演じていると思う。


ただごとならない、この暗さ

この男はカウンセラーの資格を持ち、働いている。彼には看護師をしている妻がいて、男女一人ずつの子供がいる。幼い息子よりも、小学校低学年ぐらいの姉娘の方が男に異様になついている。彼は、女を人知れずくびり殺すその手で、自分の娘を愛おしげに抱きしめる。幼い娘を普通の父親のように愛することと、好みの女への異常な倒錯的欲望は彼の中で矛盾なく同居しているのである。彼が浴室で娘のバービー人形をみつけ、人形の手足を縛ってベッドの自分の傍に置いて眺めるくだりなどは、彼の病的な不気味さをうまく表現していると思う。
彼の妻はドスーンと大きな看護師長で、全く彼の好みではない女性であるが、そういう女性と結婚して子供まで成したところにも、この男の根深い屈折が窺われる気がする。


彼を崇拝する少女 スペクターを犯人だと気付きつつも、なお一層崇拝を募らせる

が、とにかく犯人ポール・スペクターは雰囲気が暗いがイケメンであり、頭が良く、人当たりもいいので、女性にモテるのだが、彼の家にベビー・シッターのバイトに時折行っていた早熟な女子高生が彼に関心を持ち、恋する少女の鋭い勘で、一見平穏な家庭人に見える彼の謎のベールを掻い潜って真相に迫る。彼女はスペクターを崇拝し、自ら望んで手先として働きたがる。このませたイタリア系の女子高生を演じている若い女優もなかなか上手い。芸達者の揃ったドラマなのである。

***
ベルファストにステラ・ギブソンが来たことで、当初の事件以外に新たに起きた事件も関連づけられ、同一犯による犯行であると判明する。包囲網の狭まる中、危険を察知したポール・スペクターが殺人から足を洗い、スコットランドに去って、シーズン1は終わる。
シーズン2は殺しを自粛しながらも、抑えきれない欲求に悶々とし始めたスペクターがスコットランドからベルファストに戻り、かつてのガールフレンドを誘拐する。ステラは犯人像に迫り、ついにスペクターを第1容疑者と決定づけるが、一方のスペクターも彼女の留守にホテルの彼女の部屋に忍び込み、ステラがつけている夢日記を盗み読んで、誰も知らない彼女の内面に分け入るのである。ここで、カウンセラーであるという犯人の職業が効果を上げている。夢日記の断片的な記述から、彼はステラの内奥の欲求や葛藤を知ってしまうのだ…。

このドラマはストーリー展開と人物描写、その内面の揺れ動きなどが非常に巧みに描写されていて、犯罪ドラマとしても秀逸だし、「人間という不可解な生き物についてのドラマ」という点でも興味深い出来栄えだと思う。



というわけで、シーズン2はついに二人が直接対決するところで幕になるようだが、完結編となるシーズン3はBBC2で来年放映される予定(何月かは不明)らしい。どういう結末になるのか。この先、二人は、追う者と追われる者として立場は違うにもかかわらず、心の奥深いところで通じ合ってしまうのではなかろうかという気がする。身も心も深いところで繋がってしまうような…。そうなった時、ステラは果たして警察官として法を執行できるのか。互いに闇を抱える者同士、共に地獄へまっしぐらか、それとも…というわけで、非常に楽しみなシーズン3だけれども、日本ではまたスッカリとシーズン2の流れや感興を忘れた頃にシーズン3が放映になるんだろうねぇ…。2017年の冬あたりの放映になったりして。続きが観た〜〜い!という気持ちの鮮度が失せないうちにシーズン3を放送してほしいものだと思う。

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