「おみおくりの作法」(STILL LIFE)

−密かに、静かに、温かく−
2013年 英/伊 ウベルト・パゾリーニ監督



この映画が劇場公開されている時、観に行きたいと思っていたのだけど、うまく都合が合わず、気がついたらいつの間にか上映が終わっていた。DVDになったら観ようと思いつつ、そのうちに忘れてしまっていたのだけど、昨今ふいに思い出してレンタルDVDで鑑賞。DVDを借りるのも随分久しぶりのことだ。この映画もすっかり忘れている間に”準新作”になっていた。


ロンドンの民生委員の仕事として、一人で亡くなった人の葬儀を行うというものがあることを新聞で知ったウベルト・パゾリーニ監督が、その事にインスピレーションを得て脚本を書き、メガホンを取った作品。ウベルト・パゾリーニ監督はあの「フルモンティ」のプロデューサーらしい。民生委員ジョン・メイを演じる主演のエディ・マーサンはこれで初めて観たのだと思っていたら、「レイ・ドノヴァン ザ・フィクサー」に、レイの長兄役で出ている俳優だとフィルモグラフィを見て気づいた。あまりにも雰囲気が違うので全くわからなかった。


「レイ・ドノヴァン」にレイの兄役で出演しているエディ・マーサン

民生委員ジョン・メイ まるで別人

梗概:
ロンドン、ケニントン地区の民生委員、ジョン・メイの仕事は、一人きりで亡くなった人の葬儀を行い、その身辺の整理をすること。事務的に片付けようと思えば、いくらでも事務的にできてしまうこの仕事を、彼は誠意を持って丁寧に、一人ひとりの死者と向き合い、その葬儀に立ち合っていた。身辺調査が済むまで遺灰は共同墓地に撒かせず、故人の遺品を手掛かりに、肉親や知人を訪ねて回り、できれば葬儀に参列してくれるように促して歩くのだ。一件落着して葬儀が済むと、彼はファイルに添付していた故人の写真をアルバムに貼る。彼がこれまでに弔ってきた人々の写真の貼られたアルバムに…。
そのようにコツコツと、常に丁寧に仕事をしてきたジョン・メイに新たにもたらされたのは、自分の住むアパートの住人で、向かいの棟に住んでいたビリーという男の身辺整理だった。同じ建物に住みながらビリーの存在に気付かなかったこともあり、ジョンはいつもに輪をかけて、丁寧にビリーの人生をたどり始める。そんな矢先、合理化により、彼の仕事は別の地区と合併することになり、懇切丁寧で効率の悪い彼の仕事ぶりはリストラの対象になってしまう。解雇を言い渡されつつも、ビリーの案件により一層の熱意で臨むジョン・メイだったが…


というわけで、とにもかくにも、誠実で丁寧なジョン・メイの人柄を、表情や動作、歩く姿、信号待ちで佇む姿などで、余すところなく伝える主演のエディ・マーサンありきの映画である。挙措動作や表情で、演じる役の性格を表現する、ということの見本のような演技だった。たとえ一言もセリフが無かったとしても、ジョン・メイがどういう人であるかは確実に観客に伝わると思う。ジョン・メイは、雑に、あるいは無神経に物を動かすということがなく、動作はゆっくりとして、着実で、しかも非常に丁寧だ。職場で仕事のファイルをいじっている時も、部屋に帰って夕食の準備をする時も、彼の動作の「所作」とでも呼びたくなるような、ゆっくりとした静かさは変わらない。彼がそういう挙措動作で、一件一件、孤独に亡くなった人の葬儀と身辺整理を行う様子を見ていると、当たり前のことではあるが、どんな人にも人生があり、最後は一人で亡くなったにしても、かつては家族もいたのだろうし、友人だっていたのだろうし、誰しも、生まれてから死ぬまでずっと一人だったわけではないのだ、ということがしみじみと伝わって来るのである。見ず知らずの人の人生を愛おしむような空気感が、静かなジョン・メイの動作と表情からにじみ出てくる。


佇む姿がえもいわれないエディ・マーサン

こつこつと丁寧に、誰にも知られずに死んだ人の人生の終焉に付き合うジョン・メイだが、彼自身も家族は持たず、簡素なアパートに一人で住んでいる人間である。きちんと片付いた清潔な部屋だが、余分なものはほとんどない。食卓はアイロン台も兼用していて、片隅に常にアイロンが置かれている。ジョンは皿やカトラリーを丁寧に並べ、缶詰から逆さに皿にツナをあけ、トースト1枚と、洋梨を添える。簡素でわびしい食事である。そして、夕食後のひととき、彼は自分が葬儀を段取って参列した故人たちの写真を自宅でアルバムに貼る。家族のいないジョン・メイにとって、これらの故人たちは、家族に代わる存在であるかのようである。



ジョンは、会ったこともない人の遺品や写真を見ながら、懸命に弔辞を書き、葬儀の間のBGMを選び、ただ一人、葬儀に参列する。それは心の奥底で、ジョン・メイが彼らを親族のように(あるいは同族のように)、親しみを感じていたせいもあるのかもしれない。もしもジョン・メイが家族持ちだったら、極めて丁寧に死者を取り扱うことは変わらないだろうけれども、弔った人の写真を個人的にアルバムに貼って残したりまではしなかったのではないか、という気がする。

そんな彼にとって、同じアパートの住人だったビリー・ストークの身辺整理は、近くにいながら面識が無かっただけに、丁寧さに一段と磨きがかかることになる。酒浸りだったらしいビリー・ストークの荒涼とした部屋の中に、古いアルバムを見つけた彼は、そこに赤ん坊から幼児期までの少女の写真が貼られているのに見いる。どうやら娘がいたらしい。ジョン・メイは、なんとかこの娘を探し出し、話をして、ビリー・ストークの葬儀に来てもらおうと思う。

だが、ビリー・ストークの人生追跡調査を始めた彼に、突如、自治体の経費削減によるリストラで解雇が言い渡され、はからずもビリー・ストークの案件が彼の最後の仕事になる。

わずかな手掛かりを元に、列車に乗ってあちこち移動するジョン・メイの姿を見ていると、そりゃ一件一件、こんなに丁寧に追跡調査をして、身寄りや友人を捜し、葬式の日時を伝えて回るんじゃ時間も手間もかかりすぎて、上司には睨まれてしまうのだろうねぇ、とため息が出た。
若造上司は効率化と経費削減を推し進めたい。誰も参列者のいない者に葬式など不要だとジョン・メイにいう。
「葬儀は死者のためじゃない。生きている人間のためのものだ。誰も弔う者がいないのに葬式は不要だよ」と。
葬式が不要かどうかはともかく、葬儀は生きている人間、死者の葬儀に参列する人間のためにあるのだ、というのは事実だろうと思う。死者にとっては、葬式があろうとなかろうと、賑やかだろうと簡素だろうと、一切、関係ないのだ。
ジョン・メイがこれまでに取り行って来た葬儀は、せめて懇ろに弔ってあげたいと思いながら参列する彼自身のために行われてきた葬儀であるのかもしれない。そのことにジョン・メイ自身は全く気付いていなかったとしても…。

ジョン・メイは内務省の記録まで調べて、ビリー・ストークの娘の住所を探し出す。犬のシェルターで世話係をしていたビリーの娘、ケリーを演じていたのは、ダウントン・アビーの女中頭アンナ役でお馴染みのジョアンヌ・フロガット。どことなく幸薄い雰囲気が役に合っていた。会ったこともない父親の葬儀に行く気になれないケリーは、控えめに参列をうながすジョン・メイの誘いを一度は断るのだが、思い直して参列することに決め、葬儀のあと、二人でお茶を飲もうと約束する。



長い間、死者を見送ることばかりに懸命になって、自分の人生はまるきり空虚になっていたジョン・メイ。しかし、彼のその丁寧で誠実な仕事が、思いがけず新しい出会いをもたらしたのである。転機の予感を感じつつ、心弾むジョン・メイだったが…



というわけで、それまでジョン・メイが懸命に行ってきたことは、ただの彼の自己満足ではなかったということがひっそりと示される静かな余韻を残すラストは、この映画の真骨頂であろうか。
一般的にいえばわびしい題材を扱っているにもかかわらず、全体にほのぼのとした空気が漂っている。淡々としているが、ぽわっとした温かさを感じる。この映画から伝わってくるのは、人の数だけ人生があり、死んだ時にひとりきりだったからといって、その人の人生全般が侘しかったわけでもないだろうし、あえて一人の最後を選んだ人もいるだろう、ということだ。

ついこの前見かけたアンケートに、老後は一人で住みたいか、家族と住みたいか、というのがあり、一人で暮らしたい、と答える人の方が多かった事に、へぇーと思った。晩年になって家族に気を使って暮らすよりも、一人で気ままに暮らせるならその方がずっといい、と思う人はけっこう多いらしい。(ある程度健康で、一人で何でもできる状態であることが前提ではあろうけれど)しかし、老いて一人で暮らすということは、一人きりで死を迎えるかもしれないということでもある。それも含めて、そういうのもありだろう、と腹を括っている人は案外多いのかもしれない、とそのアンケート結果を見て思った。世の中、普通の人が案外、肝が据わっていたりする。しかしまぁ、一人で気ままに暮らして亡くなったあと、ジョン・メイのような民生委員が心をこめてきちんと身仕舞をしてくれるなら、それはそれで悪くないのかもしれない。
それにしても、ビリー・ストークはラッキーな奴ではある。

*****
見る前に想像していた通りの映画で、見終えてささやかなカタルシスを感じた。想像を超えていたのはエディ・マーサンの演技で、この人の表情と動きを見ているだけでもしみじみと味わい深い。佇んでいる姿の、実直で真面目な性格を表して余りある微妙に傾いた姿勢や、紅茶を頼んでいるのにココアを勧められて、気が進まないながらココアを一口味わってみる様子や、懐疑的な様子でハーゲンダッツのカップにスプーンを差し込む姿など、行儀のいい、おとなしい子供がそのまま大人になってしまったようなジョン・メイの佇まいには、見ているものをほっとさせる何かがあった。



それを、エディ・マーサンはこれ以上なく体現してみせてくれた。こんなにも自然に役になりきっている俳優の演技というのを随分久々に見たような気がした。(前に誰の演技を見てそう思ったのか忘れてしまったけれど…)
エディ・マーサンのジョン・メイ以外では、死体安置所の番人をしながら、呑気にクロスワードをしている若者のホワイト君がちょっと気に入った。ジョン・メイと、互いに「ミスター・メイ」「ミスター・ホワイト」と呼び合うポライトネスなありようがお茶目で可愛らしかった。

余談だが、「飛べない鳥」で4文字、というクロスワードのヒントに、ジョン・メイに負けない速さで「Dodo」と答えられたことは、我ながらささやかに嬉しかった。

コメント

  • 2016/01/28 (Thu) 23:11
    No title

    kikiさん

    お見送りの作法がでてくるとは思いがけず。これ、ミニシアターで観てきました。ずいぶん長くかかっていましたよ。静かに淡々と..系の映画は苦手ですが、この映画は最後まで観ることができ、後味は悪くないし、ジョンメイがどんどん可愛く、生き生きしてくるのが楽しかったです。確かにこんな民生委員がいたら、孤独死も怖くないかも。切なく、静かで不思議に清々しい映画でした。

     遅くなりましたが、テンプレート変わりましたね。コメントしようと思いつつ、今頃言ってますが、富士山、素敵です。(^^;

  • 2016/01/30 (Sat) 11:25
    Re: No title

    ふうさんもご覧になってましたか。これはロングランだったですよね。でもワタシは上映時間か何かが合わなくて見に行きにくかったのでDVDになってからにしよう、と思ったんだけど、そのうち忘れてしまって(笑) 今頃見たようなわけです。
    これは静かで切ないのだけど、切なさよりもほのぼの系の気分の方が後味として強く残る、という不思議な映画でしたね。全体の色調も作品に合っていたし、いい映画だったと思います。

    前のテンプレートもけっこう気に入っていたので、随分長く使っていたんですが、今年はこのブログも10年目に突入するのでそろそろテンプレートも変えようかということで、変更しました。全体のデザインはテンプレート作者の方のをお借りしてるんですが、写真は自分が撮ったものに入れ換えています。この富士山もけっこう綺麗に撮れたので使ってみました。春になったら、また春らしい写真に変更しようと思っています。もちろん、自前の写真でね(笑)

  • 2016/04/27 (Wed) 22:41

    kikiさん、こんばんは。

    kikiさんの記事を読んで以来観たいな〜と思っていたおみおくりの作法、この度WOWOWで放送されたのでさっそく観てみました。
    kikiさんの記事はいい具合にネタバレがなかったので、ラストは予測がつきそうでいて微妙に(私には)意外な展開でした。
    淡々と描かれるメイさんの仕事ぶりとメイさんの人柄をじんわり味わっていたのに、最後の最後で突然ドドンと感情の波が襲ってきた自分自身に動揺してしまいました。あのシンプルな話でこういう余韻を残すなんて、良作ですね。私はkikiさん仰るカタルシス大いに感じました。疲れてるのかな。
    他の登場人物もなぜか愛嬌があって好きです。特にあの浮浪者2人となら、できるものなら階段で一緒にウィスキー飲んでみたいような。

    それはそうとHOMELAND5はめでたくFOXで放送されるようですね。保存用の録画は諦めていたので嬉しいです!いつもは日本での放送早いのに、今回はなんでこんなに時間かかったんでしょう。5の放送前に一挙放送があって、ディスクが壊れて観れなくなっていたシーズン3録りなおそうと思っていたのにまさかの二カ国後のみの放送でガッカリです。吹き替えの方が人気あるんでしょうか…

  • 2016/04/30 (Sat) 22:23

    mars さん こんばんは。
    「おみおくりの作法」WOWOWで放映しましたね。
    ラストは予想外というか、ああ無情というか、そうきたか、という感じでしたが、その時はガーン!となるんだけど、全部見終わってみると、何か不思議なほんわり感が残る映画だった気がします。カタルシス、感じられましたのね。それって疲れてるって事なんでしょうかね。ワタシも疲れてるのかな(笑)
    HOMELAND5、FOXで放映するんですか。そうなんだ。今回はやたらに遅かったですね。もう放映しないのかと思ってましたわ。当初はその予定だったものの、要望が多いので急遽、という事だったりして。でもまぁ、めでたいですわね。でも放映するならするで、もっと早くホームページで告知すればいいのにね。各海外ドラマチャンネルのページでいつも奇妙に思う事は、ひと月ぐらい前にならないと、新シーズンを放映するという事を知らせない事ですね。もっと前から知らせておけばいいのに。面妖なり。そして5を盛り上げるため、過去のシーズンを再放送するのはいいけど二ヶ国語放送のみなんですか。それも残念な感じですね。吹き替えってかなり需要が高いんですね。字幕読むのが面倒くさい、という人は結構多いのかもですね。それに、吹き替えの方が声優のギャラ分、コストが余計にかかってるから、できるだけ放映したいというのもあるのかも(笑)

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