「覆面リサーチ ボス潜入」

−百聞は一見に如かず ボス潜入!の面白み−
2016年〜 NHK BSプレミアム



大企業の社長または役員クラスの「ボス」が、変装し名前を変えて、自分の会社の現場に潜入。いま最前線の現場で起きている問題や課題を探り、解決策を考える、というこの番組。NHKにしてはオツな企画だと思ったら、発祥はイギリスの番組「Undercover Boss」で、NHKがライセンスを取って日本版を作成しているらしい。ある時、偶然見かけて面白いなと思い、以降はなるべく見るようにしている。

ここで取り上げられるのは、全国に支社や出張所、工場や店舗などがある大企業である。現場の社員(正社員ばかりでなく、パートやアルバイトも含む)と、トップマネジメントとの距離が遠く、通常では意志の疎通などはかりようもない、という状況であることが大前提である。
その企業のトップマネジメント(ボス)は、シルバー雇用で試験的に採用された人材として、あるいは他の企業から1週間だけ研修に来ている人材、または中途採用の試用期間中で現場で研修する、という触れ込みで偽名を名乗り、プロのメイクにより変装して自社の現場に潜入する。それを架空のTV番組が取材している、という設定で、傍でNHKがカメラを回していても怪しまれないようになっているというわけだ。

それにしても、一体どれぐらい前から出演交渉を始めるのかわからないけれども、ある程度の規模の企業のトップが、1週間弱とはいえスケジュールをあけるというのは調整が大変だろうなと思う。それをおしてもこういう企画に乗じて現場に行き、第3者として作業に関わることで最前線の現場で働く人々の本音や、現場が抱える問題を探り出そうという意欲を持っているトップが日本にも結構いる、というのは、へぇ〜という感じだった。
洒落の分かる欧米の企業のトップならいかにもやりそうな事だが、頭のカタい、融通のきかないオヤジが多そうな日本の企業では(ベンチャー企業ならともかく)、こんな企画はうまくいかないんじゃないか、などと素人考えでは思ってしまうけれども、よし、やってみる!というボスが割にいるから番組が成り立っているわけなので、日本もまんざら捨てたものではないなぁ、ふふふ、なんてちょっと愉快な気分になった。

毎回、違う業界のトップが自社の現場に潜入して、慣れない仕事にオタオタしながらも、そこでの課題や、現場で実際に体を動かしてみたからこその気づきを得たりするのだが、自分で考えた接客マニュアルだというのに、滑らかに口上を言えなかったり、熟練が必要な現場の作業をさっぱりこなせなかったり、大都市と地方のオペレーションは全く違うのだということを肌身をもって実感したりする。そして、一通りの研修が済んだあと、最後に各地で関わった従業員を本社に呼んで、トップ自ら正体を名乗り、ピックアップした課題に対して考えた対応策を披露する、という仕組みだ。

この前放映していたのは、ユナイテッドシネマの回だった。ここはワタシも会員になっているので、どんな人がトップなんだろうかなと思って見ていたら、40代初めのかなり若い社長だった。いかにもこういう企画にうまく乗りそうな年代であり、業種でもある。見ていると、ユナイテッドシネマに限らず、この企画に賛同して現場潜入を企てるトップは、だいたい40代が多いようだ。変装して潜入することを面白がり、現場の実態を、番組の企画に乗って察知することのできる絶好の機会だと捉えてうまく利用している。潜入先の現場も全国の中から気になる課題に沿ってボスが自ら選ぶ。ボスは大体5箇所を1日ずつ巡って様々な仕事を研修する。そういう意欲のあるトップがいて、全国津々浦々で頑張っている従業員がいる、ということを視聴者にアピールできるという広告効果もある。実にTV局にとっても、企業にとっても損のない美味しい企画である。エンターテイメントとしても面白い。
社長の顔というのは、イントラネットだの、社内報だので目にする機会は多そうな感じだが、ヘッドクォーターにいるデスクワークの社員ならともかくも、現場で体を動かしているスタッフは、社長の顔などあまり意識していない人が多い上に、けっこう変装メイクで雰囲気が別人になるので、まず、気づかれることはないようだ。

ユナイテッドシネマの社長は、広告会社の中堅社員で、研修のためユナイテッドシネマでパートやアルバイトの従業員に混じっていろいろな作業を行う、という設定で潜入。九州、茨城、東京の気になるシネコンを回り、アルバイトに指示をもらって仕事をしながら各ポジションでの仕事を一通りやってみて、現場の声をそれとなく拾い上げる。
この社長は一見コワモテ系のビジネスマンなのだが、案外に涙もろく、熱く頑張っている現場のアルバイト女性の涙にもらい泣きしたりしてかわいいところも見せる。

また、タクシーの日本交通の回も面白かった。売り上げが全国でもワーストの部類に入る房総の営業所に行き、改善策があるかどうかを探るという日は、東京の基準に照らすと個性が強すぎるドライバーに面食う。おまけに平日の房総など、駅前に待機していても、フリの客はほとんど居ない。が、午後になるとドライバーに指名客が入る。お客は地元の年配の女性たち。足腰の具合が悪くなり、買い物に行くのがしんどいので、月に数回、タクシーを呼んで買い物の行き帰りに利用するらしい。ドライバーはそういう年配の女性たちに名前を覚えられ、友達のように親しく会話をして、目的地まで乗せてそれで終わりなのではなく、買い物の手伝いもし、再び車に乗せて家まで送り届ける。数字だけを見るのではなく、現場には現場なりのサービスがある、地域ごとに事情とニーズがあるのだ、ということにトップが気づく。

この企画のミソは、企業のトップが、できるだけ末端の現場の従業員と交流しながらその仕事を実際にやってみて、苦労を知ったり課題を見出したりするところにある。だから業種によっては正社員よりもバイトやパートなどと関わる事が多いし、バイトやパートなどの非正規雇用の従業員が、練達の技を持っていたり、自分たちであれこれ作業を工夫したり、面白いアイデアを持っていたり、偽らざる本音を語ったり、時には思うようにいかずに涙したりしながら熱く仕事に取り組んでいる事にトップが触発されたりもする。
そして、さんざん現場でオタオタ、オロオロしたり、気づきがあったり、心を動かされたりしたトップは、最後の最後に本社に呼んだ各地の従業員と対面し、実は社長です、と名乗るわけである。この場面での従業員たちの驚きのリアクションも番組の大きな見所だ。その前に、各地から本社に呼ばれてやってくる従業員たちはみな一様に緊張し、よくないことで呼ばれたのだろうと身を固くしているのが面白い。一般的な心理として、唐突に本社に呼ばれると、褒められるのかな、と思うよりも、一体自分は何をしでかしてしまったんだろう…と凄く緊張してしまうのが勤め人のサガなのだろう。

そこに社長が現れ、一人ひとりと個室で対面して身分を明かす。これはイギリス発祥の番組なのだが、この部分はいわゆる今風の水戸黄門的要素でもある。尤も、「この紋所が目に入らんか」などと力むわけではなく、左右に助さん格さんも居ない。ボスは一人で従業員の前ににこやかに座り、従業員のリアクションに子供っぽくワクワクしながら素性を明かすのである。これはボスにとって大きなカタルシスの場面でもあるだろう。

社長が現場の要望を掬い上げたり、新しい賞を制定したり、新規のタスクやプロジェクトを走らせることを宣言して、現場で得た課題や気づきに対して一応の回答を出して番組は終わる。ただ、これらの施策がずっと続いていくのか、本当に有効な施策なのかは、もう少し時間を経てみないとわからないのだろうけれども、この番組が長続きしたら、最初の方の回で取り上げた企業が、その後、改善策を取り入れて、どういう風に良くなったのか、あるいはさして良くならなかったのか、をレポートする回があると面白いと思う。

それはそうと、この番組が凄くメジャーになったら、現場に誰か中途で研修にくる40代以上の人が現れたら(しかもそれを取材するスタッフに取り巻かれていたりしたら)、「あ、これもしかして『ボス潜入』じゃないの?」なんて、変装の甲斐もなくあっという間に気づかれちゃったりするんじゃないかと、他人事ながらいささか心配ではある。最初から、あれはボスだよ、なんて従業員に見抜かれたら企画自体が成り立たないものね。
これを総合じゃなくBSプレミアムで放映していることの意味は、そのあたりにもあるのかもしれない、と思ったりした。

しかし、ワタシが一番興味深かったのは、この番組のオリジナルがアメリカ発ではなく、イギリスの番組である、ということかもしれない。

コメント

  • 2016/02/18 (Thu) 19:07
    アメリカのTVでも観ました

    KIKIさんこんにちは。
    悪女について以来のコメントです。
    今回の番組は、昨年アメリカのTVで観ました。
    私の観た回は、全米展開の有名なピザ屋さんの社長が、若い店長のお店を訪問した時のもの。
    女性副店長やスタッフを怒鳴り散らす店長は、ピザの具を乱雑に掴んで生地に落とすので、無駄になった食材が半端ではありません。
    中年のメキシカン労働者は、社長に丁寧に手順を教え、勉強好きな子どもを大学まで行かせてやりたいと話し、店長の落とした食材をせっせと掃除するアルバイト掛け持ち大学生は、ここのピザが好きだから働いているのが楽しいと話し、後はそれぞれ本社へ。
    バシッと決めたヤンキーな店長も、びくびくしながら社長室の前で待ち、社長の質問に、具材は無駄のないようにしている、デリケートな食べ物だから丁寧に具を並べているなど雄弁に語った後、証拠の映像を見せられて言葉を失い、女性副店長と交代に。
    メキシカンには子どもの学費を、大学生には奨学金を出す申し出をして、めでたしめでたしの結末でした。
    多額の申し出をあっさりとするのは、いかにもアメリカ式で、日本ではきっと無理でしょうね。金一封くらいは出すかも知れませんが。
    それから、ちょっと違いますが、留守中のベビーシッターの隠し撮りや、修理業者の隠し撮りとか、米英の番組に良くありますよね。
    もし日本で作っても、個人情報やプライバシー侵害などを理由に、やらせになってしまいそうです。

  • 2016/02/20 (Sat) 08:28
    Re: アメリカのTVでも観ました

    ルビーさん こんにちは。
    この番組、けっこう、世界中でその国のバージョンで製作されているみたいですね。アメリカのはいろいろな度合いが強烈そうな気配です。面白いだろうけど行き過ぎると問題にもなりそうなので、さじ加減が難しそうですね。
    日本版では、中間管理職に問題がある、というパターンはまだ出てきていない感じです。個人情報やプライバシー侵害などが障害になって、なかなかそういう方向には発展していかなさそうですね。みんなせっせと頑張っているけれどもインフラが整備されていないとか、合併したばかりでシステムが変わってとまどっている、とか、そういうのが多いかな。確かに日本ではちょろっと金一封というのが多そうですが、この前の石油エネルギー会社の社長の回では、待合室やトイレの改修費用に1千万以上の額を出す約束をしてました。
    今回はその回までで放映は終わりみたいです。番組の性質上、日本では、そうそう次から次へと名乗りをあげる企業が出てくるとも思えないので、また、5〜6回分放映できるネタができたところで適宜放映する、という感じなんだろうと思います。不定期放映という感じなんでしょうね。
    番組として話題にはなってほしいけれども、あまり人口に膾炙すると社長が変装してこっそり潜入、というコンセプトが成り立たなくなる可能性が高くなるので、製作者としては痛し痒しだろうな、と思いますが、また、ひっそりと放映が始まるのが楽しみです。

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