「キャロル」(CAROL)

−恋とは、理由(わけ)もなく惹かれるということ−
2015年 英/米/仏 トッド・ヘインズ監督



主演の女優が二人とも、ワタシにとって好感度の高い女優であることと、監督のトッド・ヘインズが「エデンより彼方へ」を撮った人であること、そして原作がパトリシア・ハイスミスということで、かなり前から封切りを楽しみに待っていた作品。鑑賞してみて、トッド・ヘインズは、50年代を映像化させたら右に出る者はいない監督だと改めて思った。
これまで、男性間の純愛を描いて話題になった映画はいくつもあったけれども、女性同士の恋愛、というか純愛を、こんな風に美しく、切なく、ロマンティックに描いた作品は無かったような気がする。

全編に横溢する50年代アメリカのクラシカルなムードが素晴らしい。時代色が本当によく出ていると思う。この時代にはスイートなジャズが流行り、ロマンティックな音楽が生活のそこかしこに流れていたのだな、と思う。新しいものが好きな人はどう思うのかわからないけれども、ワタシのような古いもの好きには堪えられないムードの映画だった。物語の背景を彩る車や建物、街の様子や音楽、小道具、衣装など、すべてにおいて50年代の映画を見ているような気分で鑑賞できた。しかし、こういう題材は50年代にはこんなに真っ向から映像化することは出来なかったのだろうけれど。



そういう時代色のよく出た作品の中に、ケイト・ブランシェットもルーニー・マーラもしっくりとハマっていた。ケイトは、昨今ではほとんど死滅したのではないかと思われるような、「エレガントな大人の女性」というものを全身で表現していて、50年代のアメリカというのは、そういう女性が生きていた時代だったのだなと改めて思った。白い手袋とパールのネックレスの時代である。アメリカの国力が最高だった時代でもあるし、「エレガンス」というものが、まだきちんと生きて機能していた時代だったのだな、と気づかされる。



アメリカとエレガンスなんて、全く無縁のような気がするけれども、戦前のアメリカにはそういうものが生きていたのだろうし、戦後も50年代までのアメリカには、圧倒的な国力に支えられて優雅な空気が醸し出されていた時代でもあったのだろう。



ハンドバッグからシガレットケースを出して、細身のライターで火をつけ、ふーっと薄く煙を吐き出す。きちんとセットされたブロンドの髪のウェーヴが優美な曲線を描く。ピンヒールに毛皮のコート。朱色の口紅が艶かしい。全てはティピカルではあるが、一歩外すと下品になる。下品にならずに大人の女の翳りや艶を醸し出すのは、誰にでもできる芸当ではない。
ケイト・ブランシェットは、見事にそうした大人の女性の佇まいを醸し出していた。本当にその時代の人のように。ゴージャスでグラマラスだが、どこか寂しげで憂いの翳がある立ち姿。クリスマス時期のデパートのおもちゃ売り場の喧騒の中で、その姿は、売り子をしているテレーズ(ルーニー・マーラ)の心を一瞬で鷲掴むのである。


カメラマン志望ではあるが、特に夢に向かって積極的に動いてはいない若いテレーズを演じるルーニー・マーラも、時代色と映画のトーンの中に実にぴったりとハマっていた。イメージとしてはオードリー・ヘップバーンのデビュー当時のような雰囲気(「麗しのサブリナ」の序盤あたりの雰囲気)を狙ったのかな、と思うけれども、衣装もヘアスタイルも、時代色と役柄によく合っていた。ルーニーが演じるテレーズは、キャロルに恋をし、彼女と恋愛する中で苦悩しながら一段階成長し、かりそめの人生から、本当の自分の人生を生き始める。ルーニー・マーラも瞳がものを言う系統の演技者で、言葉を発しなくても様々な想いを瞳の表情にこめて表現できるので、彼女が出演した作品は、常に彼女の瞳が印象に残ることになる。本作も一段と彼女の瞳がものを言う映画だった。



ルーニー・マーラは、透明感があって、基本的に美人で華がある。いろいろな役に挑戦し、演技力もあるのだが、彼女が透明感のある美貌の持ち主であるということは、やはり大きな武器だと思う。
彼女には、同じく女優をしているケイト・マーラという姉がいるが、ケイトは姉妹だけにルーニーと似た顔だちで美人ではあるものの、持ち味は異なる。ケイトは気の強さが前面に出ていて、鼻柱の強い役が似合う。近年ではあまりにキナ臭いところに鼻先をつっこみ過ぎて命を落とす女性記者を演じた「ハウス・オブ・カード」が記憶に新しいが、非常にはまり役だった。この役はルーニーがやってもそれなりには演じたと思われるけれども、ケイト・マーラには「キャロル」のテレーズの役は似合わなかったと思う。姉妹とはいえ、個性はそれぞれだ。



また、怖気をふるわれながらも、幼い娘をいわば人質にとって、キャロルに復縁を迫る夫を演じるカイル・チャンドラーも上手かった。女性の観客からは「なんなの?あの夫!」とか思われてしまいがちな損な役回りだと思うのだが、風貌も演技もあまりに自然に役になりきっていて、50年代のアメリカの亭主族というものの、平均的な姿をあますところなく表現していたのではないかと思う。キャロルを演じるブランシェットもそうだが、カイル・チャンドラーもその時代から抜け出してきたように役にハマっていた。




猛烈な未練で妻を縛りつけようとする夫(背中)

ただ、映画を見ただけでは、キャロルが仕事三昧で家庭を顧みない男と結婚したので女性を愛するようになったのか、そもそも男は恋愛の対象でなかったのだが、世間の慣習に従って結婚したけれども、案の定不幸になってしまっただけなのか、そこらへんがさだかではなかった気がする。

*****
「キャロル」は、ケイト・ブランシェットとルーニー・マーラの顔合わせや、50年代の雰囲気をあますところなく表現した美術や演出、音楽が生命線の映画である。筋立てとしては、特に衝撃的なところがあるわけでもなく、パトリシア・ハイスミスの原作だからといって、事件が起きるわけでもない(パトリシア・ハイスミスはミステリー作家だと思われるのが、とても不本意だったらしい)。ただ、二人の人間が出会って、惹かれあってしまった、ということが叙情的に綴られていく。特に事件は起きないが、おもにテレーズの目線で映画を見ると、人に恋をするということの心の震え、誰かのことをずっと想うということの楽しさと切なさがありありと心の中に湧き起こってくる。そうそう、恋って、そういう感じだよね、と。


キャロルの写真を撮らずにいられないテレーズ

この作品は、映画全体に漂っている50年代の優美な雰囲気と、テレーズを通して「恋する気持ち」というものを、時に楽しく、時にせつせつと観客も味わえる、というところに良さがあるのだと思う。全体の雰囲気が心地よい映画だった。そういう映画は映画館で一度見て終わりではなく、DVDやBDなどで折節、気が向いた時に見るのに向いていると思う。
たとえば冒頭近くで、テレーズが開店前の灯りもついていないデパートのおもちゃ売り場で、レールの上を走る電車のオモチャを動かして眺めるシーンなどは、なんでもないシーンだけれども何故か印象に残る。そういう「何故か印象に残る」というシーンの集積で出来ているような映画だった。印象に残るといえば、テレーズが撮ったという設定のモノクロの写真も、それなりにいい感じの写真が使われていた。もちろんプロがモノクロで撮ったものだろうけれども、その「ちょっといい感じの写真」という「いい感じ」のさじ加減が絶妙だった。

余談だが、テレーズが勤めているデパートの内装が案外簡素だったのは少しだけ拍子抜けだった。あの時代のデパートの内装はもうちょっとゴージャスだったのではなかろうか、と思ったりしたのだけど、いろいろと時代考証をしてセットデザインをしているのだろうから、ああいうものだったのであろう。



*****
これは女性同士の恋愛映画であるが、女性同士という枕詞を敢えて付けなくてもいいような気もする。人が人に惹きつけられるということは理屈ではないのだ、ということを、ルーニー・マーラのみずみずしい演技によって再認識するのが心地よかった。

ワタシは原作ものが映画化された場合、まだ原作を読んでいない場合はそのまま映画を先に見る。その方が予見なく映画を見られて気分的に楽しいからだ。原作を読んでいると、自分の中に「こういう感じだろう」というイメージが出来てしまうので、違うことをやられるとイライラしてシンプルに映画を楽しめない。逆に映画を先に見て原作小説を後から読む分には、ふぅん、そういうことか、原作ではそうなのか、などと興味がそそられることはあっても、別にガックリしたりイライラしたりすることはない。「キャロル」も、この映画化作品ができたことによって、日本で初めて訳本が出た小説なので、ワタシももちろん未読だった。映画を見て原作に興味が湧いたので、ハイスミス特有の心理描写の冴えなどを期待しつつ、原作を読んでみようと思っている。



それにしても、トッド・ヘインズは50年代という時代のもつ空気感と、その中で苦悩するエレガントな人妻というものを描くと格別に冴えている。「アイム・ノット・ゼア」はさっぱりお手上げだったが、本作と「エデンより彼方へ」は叙情的な雰囲気の素晴らしい映画として、記憶しておきたい作品だと思う。

***
ブロ友 la_belle_epoqueさんが、この映画について、パトリシア・ハイスミスの原作との相違点を挙げて感想をUPされてます。この映画への愛に溢れた記事ですので、ご興味ある方は是非こちらへどうぞ。

コメント

  • 2016/02/21 (Sun) 15:05
    No title

    kikiさん、こんにちは。
    トッド・ヘインズは本当にこういう時代ならお手のものですね。
    クラシカルな雰囲気がすごく素敵でした。
    そして私も、この作品を観て、人を愛することに年齢も性別も関係ないんだな~と思わせられました。
    良い映画でしたね。

  • 2016/02/21 (Sun) 22:22
    Re: No title

    mayumiさん
    トッド・ヘインズの50年代は、通り一遍の時代考証というのではなく、何か皮膚感覚に訴えてくる情感を持ってますよね。50年代を知っている世代じゃないのにね。観ているこちらだって50年代は映画や小説でしか知らない時代なんですが、それでも格別な何かを感じるのは不思議です。
    筋立ては特に何がどうという話じゃないんですが、恋愛映画として気持ちよく観られたな、という映画でしたね。

  • 2016/09/26 (Mon) 22:14
    ラストでノックアウト

    kiki さんこんにちは.

    この映画、公開時はボクの地方にはやってこなかったので Blu-ray で観ました.
    いろいろな意味でとてもステキな映画で、大好きです.
    久しぶりに映画観終わった後、原作を読んでしまいました.

    やっぱりラストだなぁ ・・・・・・・ このラストでボクはまいりました.

    こちらの記事がトラックバックできないようですので、文中リンク貼らさせていただきました.

  • 2016/09/28 (Wed) 00:13
    Re: ラストでノックアウト

    la_belle_epoqueさん こんばんは。
    ご無沙汰してます〜。
    この映画、自宅でゆったりとBlu-rayで見た方がしっとりと味わえる感じもしますよね。
    原作読まれたんですね。ワタシは未読のままなんですわ。映画で満足してしまったのか、原作本が分厚かったせいか…ふほほ。怠け者…。

    ラストに参ったという感じですね? 女性同志の恋愛というテーマと、もう1つはヒロインの成長物語という側面もありますよね。

    トラックバック受け付けてないんですよ…不精ですみませぬ。文中にリンク貼っていただいてありがとうございます。

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