「シャイニング」 

~何があなたをそうさせる?~
1980年 英 スタンリー・キューブリック監督



冒頭、コロラド、ロッキー山脈の森林の光景が俯瞰で捉えられ、そこにあの音楽が被ってくるだけで、深々とした異様な別世界に誘われる作品。青空の下、一本道を走っているのは黄色いフォルクス・ワーゲン。のどかな晴天。風もなさそうだ。しかし、既にして怖い。惻々として怖い。何故だかわからないがこのオープニングから、静かだか逃れようもない恐怖を感じる。音楽の効果も絶大。目的地に近づくとにわかに雪景色めいてくる。トンネルを抜けるとそこは…。


ワタシはいわゆる「ホラー」ジャンルの映画は大嫌いで、有名どころのホラーも殆ど、というか全く観ていない。スプラッタとなると論外。とにかく苦手なのである。「エクソシスト」のリバイバル上映にいそいそと駆けつけてしまうような王道のホラー好きに言わせると、このキューブリックの「シャイニング」はホラーのうちに入らないそうだが、それで結構だと思う。原作からは随分乖離しているらしく(原作は未読)、原作者のスティーヴン・キングはそれが不満で、自ら脚本を書き、TV版を制作したりしているけれど、すみませんがそれはサッパリ観る気にならなかった。小説を書く才能と映画を撮る才能は全く別物。
「シャイニング」はこれ1本あれば、それで十分なのだ。

あまりにも有名な映画だから今更梗概云々は蛇足かもしれないけれど、一応書いておくと、
冬の間雪に閉ざされる為、閉鎖されるホテルに管理人として雇われた作家志望の男とその家族。冬の間籠もって小説を書くにはちょうどいいと目論んだのだが、ホテルには管理人を狂わせる何かがあった…。
というわけで、
ジャック・ニコルソンの快演で有名な本作だが、主役はコロラドの森林と、雪と、あのホテルである。意志を持ち、全てを包含し、支配するホテル、そして、あの迷路だ。
迷路を俯瞰した映像が醸し出す幾何学模様の整然とした恐怖。



登場人物が少なく、そのどれもが非常に印象的なキャスティングなのもこの映画の成功要因。ニコルソン演じるジャック・トランスの息子ダニーにダニー・ロイド。この子がまた、内面的な雰囲気を持つ美少年で、なんといっても“シャイニング”の持ち主だけに、可愛いが不思議な貫禄と落ち着きがある。そして妻ウェンディ役のシェリー・デュヴァル。何よりもこの人の叫び顔が一番怖いという説もあるが、この父とこの母からどうしたらダニーのような美少年が生まれるのかも、なかなかの謎だ。
昔、初めてこの映画を観たとき、殆ど唇を動かさない状態で鏡に向かい、ダニーが彼のもうひとつの人格トニーと会話するシーンで、人差し指をぴこぴこと伸ばしたり曲げたりするのがとても印象的だった。幼いながらに、ちゃんとダニーとトニーを演じわけていた。



このダニー少年は「シャイニング」以外の出演作はなく、その後どういう大人になったのか見る術もないわけだが、大人になった姿は想像して楽しむだけの方がいいかもしれない。1作だけで強烈な印象を残す存在として、「ベニスに死す」のビヨルン・アンドレセンに次ぐ存在感のある少年だと思う。無表情でも何かを語る顔をしており、存在感としてジャック・ニコルソンに一歩も譲っていないのはアッパレ。

森閑とした広大なホテルの廊下をダニーが三輪車で走る。寄木細工の廊下とカーペットが敷かれた部分で規則的に三輪車の通過する音が変る。シーンとした広大なホテルの中に居るのは管理人の三人家族のみ。ダニーが無心に三輪車を漕いで行く。広間を抜けてカーペットの廊下を走る。客室の左右に並ぶ廊下の角を曲がる。角を曲がると何が出てくるのか…何か来そうな予感がダニーの三輪車に合わせた低い視点で煽られる。狭い廊下をコロコロと走る。角を曲がる。何か出そうだ。出た、双子。双子って黙って並んでいるとどこやら禍々しいものをかもし出したりする。水色のワンピースを来た双子の不気味さは、そういう双子的な視覚効果を狙い打ちしている。



広い広いホテルのロビーにタイプライターを持ち込み、暖炉の前で何かをテチテチと打っているジャック。  
「仕事ばかりで遊ばない。ジャックは今に気が狂う」
天井の高い、広大なロビーに遮るものもなく響き渡るタイプ音…。

雪の降り始めるあたりから、ジャックは完全におかしくなってくるのだが、これはもうあのニコルソンの目の座っちゃった顔で一目瞭然だ。冒頭、管理人としての面接を受けた時の様子とは全く違ってしまっている。寂しくなり始めた頭頂部の毛が逆立っているのもイっちゃってる感を増幅している。



完全に目が座ってしまったジャックは誰もいないバンケットルーム「ザ・ゴールド・ルーム」にふらふらとやってくる。誰もいない筈のゴールド・ルームには灯りがつき、長い長いカウンターの前には熟練のバーテンダーがにこやかにジャックを迎える。にこやかなバーテンダーの姿はジャックにしか見えない。そもそも酒乱の気のあるジャックにホテルは酒を与えることにしたのだ。ジャックは酒を飲むと息子にDV的な振る舞いに及ぶ傾向がある。ホテルは、狙い通りに錯乱し始めたジャックをあの手この手で誘惑する。魔の部屋237号室に入っていくと、奥のバスタブから全裸の美女がするりと起き上がってバスタブを出て、ゆっくりとジャックに向かって歩いてくる。座った目のまま、スケベ心を触発されたジャックが美女に夢中でキスすると、鏡に映った彼女は見るもおぞましい水ぶくれの老婆ゾンビに変わっている。このへんは妖怪ものの基本。



後日、もっと錯乱の進んだジャックがゴールド・ルームにやってくるとそこは優雅な1920年代の夜と化し、さんざめく優雅な客たちで溢れている。このバンケットルームのシーンがこの映画の中でワタシは一番好きだ。甘いジャズソングが流れ、ゴールドルームに憩う人々のファッションはローリング・トゥエンティの花盛り。思わずウキウキするダンス音楽に一人場違いなジャックが思わずステップを踏むシーンがいい。その場違いなジャックは恭しく「トランス様」と呼ばれて酒代もとられない特別扱い。アル中のジャックはもう有頂天である。
ここでウェイターにぶつかって酒をこぼされたジャックは、このウェイター、グレィディと話をする。
ジャックは、男のグレィディという名には聞き覚えがあった。
それはかつてこのホテルで冬の間の管理人をしていて、自分の家族を惨殺した男の名前だった。
グレィディはジャックに「息子さんは超能力の持ち主で、外部の人間をここに呼ぼうとしています」と忠告し、そして言う事をきかない妻や子にはしつけが肝心だと言い、自分は娘たちをしつけ、妻もしつけた、と語る。

 “I corrected her.”

この時の「しつけた」といういい廻しが“I corrected her.”というもので、ふぅん、そういう風に言うわけなのねん、とひとつ勉強になった。その頃はそんなに英語に興味はなかったのだけど、最初に観た時に、この言い廻しだけはとても印象に残ったらしく、いまだに覚えている。
グレイディとジャックが立ち話をするのは白と赤の内装が斬新なトイレ。眩しい照明に照らされた赤い壁を背景に、“I corrected her.”とこられては忘れようにも忘れられない。

ダニーがホテルに着いた当初から見た双子の少女はこの男の娘であり、ジャックがむしゃぶりついた全裸の婆さんはこの男の妻である。それにしても、グレィディも妻も60代に近いとおぼしいのに、双子の娘達はティーンエイジャーであるというアンバランスさも奇異な感じを余計に強めている。

映像的な見せ場としては、エレベーターのドアの脇からどっと流れ出してくる血の奔流とか、ラストの雪の迷路での死のかくれんぼ、斧を持ってドアを打ち壊しに来るニコルソンの嬉々とした快演ぶりなどがこの映画のハイライトだろうけれど、斧でドアを打ち壊そうとするニコルソンよりも、バスルームに籠もって悲鳴を上げている奥さんの顔の方が数倍怖いという逆転現象が起こっているのも面白い。(こんな不思議な顔の女優ってあまり見たことがない)常に下がり眉で泣きながらも隙なく包丁を持ち、怯えつつもやるだけの事はやってしまうのだ。一見ヒヨワそうだけど、こういうタイプの女を侮ってはいけないのである。

 奥さん、顔、怖いですから…


ある時から我に返るまで完全に交替人格のトニーが表面に出たダニーが「レッドラム(REDRUM)」と繰り返し叫ぶ。それは「MURDER」のアナグラムであるというのはいかにもありがちで、今となっては些か古さも感じるのだけど、微笑ましくもある。
また、狂気に捉われた夫に追われるウェンディが、扉の開いた客室の中でタキシードの男とぬいぐるみを着た男との戯れを目撃するシーンなども本筋とは無関係なところにまた別のサイドストーリーがありそうで面白い。(1920年代の客たちの様々なエピソードを描いたアナザーストーリーなど有ったら観てみたい気がする)

 キューブリック先生、これは一体なんですの???


雪の迷路で全てが終わったかに思うが、ラストに出てくる意味シンな一枚の写真。
あの華やかなゴールド・ルームで1921年に開催された4回目の大パーティで満面の笑みを浮かべるジャックの姿。

 満面の笑み

最後の最後まで遊び心が効いている。なんだかますますこの「オーバールック・ホテル」における1921年のある夜、が観てみたくなってくる。その原点を辿らないと、何故こうした家族殺しが繰り返されようとするのかが解明できない気がするし、1921年の大パーティの様子があまりに魅惑的にちらちらと提示されるので、何回も観ているうちにそちらの方が気になって仕方なくなってくるのだ。

コメント

  • 2009/03/17 (Tue) 23:02

    私もホラー、特にスプラッタモノは苦手で滅多に見ないんですけど「シャイニング」くらいの怖さならなんとか許容範囲ですし、映画自体も観たときには面白いなあと思いました流石キューブリック、という感じで、ホテルの内装とか構造もゴージャスかつ凝っていて、ホテルの中が異次元という感じが出てるのも好きです。

    あと、奥さんの顔のほうがジャック・ニコルソンより怖いというのに一票!なんですけども、一番印象に残っているのは斧を持ってジャック・ニコルソンが追っかけてくるときの形相だったりします。演技が過剰すぎて怖いを通り越して面白くなっちゃってるような(ゆえに、ホラーの割に楽しんで観れたのかも 笑)。

  • 2009/03/18 (Wed) 01:41

    シャイニングは「ホラー」っていうのとはまた別枠の映画のような気がしますね。だからホラー嫌いなワタシでも観られたんだろうと思うし。(笑)昔からかなり好きな作品で、キューブリックの映画では、これと「時計じかけのオレンジ」と「ロリータ」が殊に好きかもですわ。ワタシはこの映画でのニコルソンの顔演技はお約束すぎて、もう風景みたいになっちゃってるので、もっぱら他のシーンや他の登場人物の方が印象が強い傾向にあります。ワタシ的には「しつける」のおじさんが一番怖いかも、な感じです。むほほ。

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