「好き」を仕事に出来るということ

−栗原はるみのStarting over−



記事とは無関係ですが、冒頭に一言。
熊本が猛烈な地震に見舞われて大変なことになってますね。…日本、大丈夫なのか。
熊本の皆様には、これ以上の災害に遭わずに1日も早く元の生活に戻れる日が来るよう、お祈りいたしております。
被災地には17日の朝にかけて豪雨強風も襲来するとかで、どうして災害が起きた土地をWパンチのように悪天候が襲うのか、神も仏もない世の中。う〜む…。

ともあれ、気をとりなおして今回の記事。
主婦のカリスマである、料理家・栗原はるみという人について、ワタシはこれまで特に興味も関心もなかった。何年か前から時折CMで顔を見かけるようになり、その存在だけは知っていたけれども、料理本も手に取った事はなかったし、なんか売れてる人みたいだね、という以上の認識はなかった。
そんな門外漢だったワタシが、ほぉ〜、と彼女に興味を持つキッカケになったのは、つい先日BSプレミアムでアンコール放送されていた「旅のチカラ 64歳シェフ修行 栗原はるみ イギリス・ロンドン」という番組を見たからだった。



この番組の本放送は2011年だったらしいのだけど、もちろん当時はまったく気づかず未見だった。ワタシは今回、初めて栗原はるみという人をマトモに見たのであった。
64歳になって、わざわざロンドンの一軒家レストランに行き、厨房に入って下働きをしてみよう、という企画は、本人が思いついたものなのか、制作サイドが提案したものなのか分からないけれども、やろうと決めて旅立ったのは本人の決断だろうし、国内で家庭料理がメインの料理家としてレシピ本を何冊も出し、ステータスを築き、求めて修行をする必要はないであろう身の上ながら、敢えて飛び込んでみる、仕切り直してみる、というその柔軟さが面白いな、と思った。

受け入れ側のオーナーシェフ、アレクシス・ゴーティエと栗原はるみは10年ほど前に雑誌の取材を通じて面識はあったらしいのだが、彼もよく忙しい厨房に、訓練を受けたプロの料理人というわけではない栗原はるみを1週間弱とはいえ、受け入れることにしたなぁ、と思う。もちろん、日本のマスメディアに登場すれば、日本からの観光客に対して宣伝効果がかなり大きい、という事は計算に入れたであろうけれども、そういう計算ばかりではない、人としての人柄の良さ、大きさ、温かさのようなものを感じさせる人だった。


笑顔がチャーミーなアレクシス・ゴーティエ氏

この番組を見た人は、料理修行でロンドンなの?と、思った人も結構いたのではなかろうか。ワタシもその一人である。しかし、ロンドンに食べるべき料理はない、と言われたのは少し前までのお話で、イギリス料理といえるようなものは確かにこれというものはないのだろうけれども、各国料理のレストランがひしめき、シノギを削るロンドンには、昨今、名店が目白押しで、意欲的で創作的な美味しい料理を味わおうと思ったらロンドンへ行け、という感じになっているようだ。

アレクシス・ゴーティエが経営するフレンチレストラン「ゴーティエ・ソーホー」も、そうした意欲的な店の1つで、開店してすぐにミシュランの1つ星を取り、注目されているらしい。ゴーティエはフランス人で、料理修行はフランスで積んだのだが、正統的なフランス料理をきっちりとレシピ通りに作ることが良しとされる故国の流儀に窮屈さを感じ、国を飛び出して各国で修行。そしてロンドンの活気と柔軟さに魅了されてソーホーに店を開いた。



料理にオリジナリティと創造性を求めるというゴーティエは、レシピを一切作らない。それは誰にでも自分の考えた料理が作れ、その味を再現できるように、と細かくレシピを作ってきた栗原はるみの料理家人生の対極に位置する考え方である。これまでの自分のやり方に揺さぶりをかけるために出かけた修行の旅なわけだから、そういう違いは大きな刺激になるのだろうが、はるみセンセイはガーン!というショックも受けるわけである。かてて加えて、家庭料理とレストランで出す料理との違い、その緊張感の違いなどもヒシヒシと痛感する。

計量カップできっちり計って…というのが基本だった彼女にとって、何人分だろうと、味加減は勘でやるんだよ、と言われてギャフンとなる。ランチタイムに備えての準備で厨房は午前中から大忙し。パスタ生地を作らされたり、野菜の皮を剥かされたり、といろいろさせられるが、慣れない器具や、やり方に戸惑い、更には厨房で要求されるスピードにもついていけない。初日は散々で、足手まといにならないようにかどうか、夕方5時でお疲れ様、とその日の仕事の終了を言い渡される始末。う〜む、まぁそうだろうねぇ、という感じ。その後、はるみセンセイは二日目、三日目はひたすらに厨房の隅で、素材の野菜の皮むきに徹していた。

古いこじんまりとした一軒家を改装したレストラン。厨房は地下で、けして広くはない。その中に常時14人の料理人が立ち働いているだけでも、けっこうな人口密度だろうに、この週は栗原はるみとディレクターにカメラマンまでうろうろするわけだから、ゴーティエのシェフたちにとってはけっこうなストレスだったのではないかと推察する。毎日忙しいのにやめてほしいよなぁ、というのが本音だったのでは?と思うけれども、オーナーシェフであるゴーティエが受け入れを決定したんだから従う以外にない。


当初は、たださえ忙しいのにったくもう…という感じもなきにしもあらずだったお世話係のカルロス

栗原はるみの世話係に任命されたスペイン人シェフのカルロスは、大忙しの中で、なんとか彼女にもできそうな仕事を振ってあげつつ、自分の仕事もこなさねばならない。大変である。そのせいか、自分に課せられた仕事が期限までにできず、ゴーティエの右腕である料理長のジェラールに怒られる有様。気の毒である。


目を光らせるジェラール 登場すると、とにかく緊張感を漲らせる

このジェラールという人はハンサムだが無口で無表情。彼が居る場にはサっと緊迫感が立ち込める感じである。ゴーティエとは緊密な信頼関係で結ばれているらしく、人当たりのいいゴーティエとは対照的に、神経質で仕事に厳格。シェフたちに睨みを効かせる存在である。こういう人がピリっとした空気を作っているので、厨房では私語も弛んだ空気もなく、みな求道者のように仕事に邁進しているのであろう。ゴーティエはうまい人を右腕に選んだなと思う。料理に厳しい反面、真面目で忠実そうなジェラールはまたとない片腕なのだろう。もしかして私生活でもパートナーだったりするのかな、と深読みしてみたりして…そんなわけはありますまいね。ただの勘繰りでございます。失礼つかまつり。

厨房で働く合間に、オーナーのゴーティエが栗原はるみを、シェフが素材を仕入れに行く市場や、食器を仕入れに行くカムデン・パッセージなどに案内する。日本から来た「セレブのお客様」をもてなしてくれているのである。しかしそれも、商売上の計算ということの他に、64歳になって、一応、料理家として定まった評価があるのに、新しい刺激を求めて厨房で働いてみたいという栗原はるみに、彼なりにリスペクトすべき何かを感じたからなのだろうかな、という気がした。
「今更なんで?と思うけれども、彼女にはそうすることが必要なんでしょうね」と優しい表情でゴーティエは理解を示していた。また、日本の家庭料理の研究家である彼女をわずかの間でも厨房に入れることで、他のシェフたち(スペインやイタリアから集まっている若いシェフたち)に何かしらの刺激を与えることができれば、それもまたよし、と思っていたのかもしれない。(多分、そっちの方が比重が大きかったのではないかという気がする)


市場や商店街を案内するゴーティエ氏 人柄が温かく、お茶目で懐が深そうな感じがした

ゴーティエはとても柔らかい人柄なのだが、彼のレストランの厨房は寡黙で動作に無駄がなく、何か作業をしたら、すぐにその場を掃除する、というルールが徹底されている。それは、研ぎ澄まされた日本料理の名店の厨房を見るような佇まいだった。
美味しい料理は清潔な厨房から生まれるのだ。

4日目には、よもやと思っていたが、その日のディナーの前菜を作ることになったはるみセンセイ。野菜をオリーブオイルでソテーし、バターと塩で味付けして、「お花畑のように」盛り付ける、というもので、非常な緊張の中、栗原はるみはミッションをこなす。仕事に厳しい料理長のジェラールも背後から黙ってチェック。ダメだったらすぐに仕事を外されたのだろうが、栗原はるみの調理した前菜は合格したわけである。「…人からお金をもらうって大変なことだよね」とはるみセンセイは呟いていたが、彼女が経営する「ゆとりの空間」は、栗原はるみのレシピで料理を出すカフェやレストランをチェーン展開していた筈である。実際にお金を貰って料理を提供しているのに、「大変だよね…」はちっとカマトトすぎやしないかとも思ったけれども、まぁいいか。多分、自分が作ったものを目の前で客に食べてもらってその対価をもらう、という経験はない、という意味なのだろうので。
ともあれ、この前菜が合格して、厳しいジェラールが彼女を認めたらしい気配が窺えたのはご同慶の至りだった。


背後から矢のような鋭い視線を注ぐジェラール 大緊張の盛り付け作業

そして最終日には、ゴーティエとジェラールへの賄い料理を、レシピを使わず、市場で素材をみつけて買ってきて作ってくれ、と依頼される。ロンドンのマーケットは意外に食材が豊富に揃うみたいで、栗原はるみは鯛や米や豆腐を買う。当初は純粋な日本の家庭料理を作ろうと思っていた彼女だが、ふと洋風にアレンジすることを思いつき、リゾット風の鯛メシにゴマペーストとバターを加えた豆腐の味噌汁を作り、二人に供する。この時、リゾットのトッピングにこの店で焼き方を覚えた鯛のソテーを載せる。しかし、あの焼き方は一朝一夕にはできなさそうなので、手伝ってくれた若手のシェフに焼いてもらっていたみたいだった。


市場で食材を仕入れる


殊に味噌汁の方が絶品だったらしい、はるみセンセイの賄い料理

さて、いよいよ試食。
愛想のいいゴーティエは容易に褒めてくれそうでもあるが、ジェラールは本当に感心しないと褒め言葉は口にしなさそうである。ゴーティエは米と魚の感触とコンビネーションがいい、と褒め、綺麗に平らげたのはなんとなく予想通りだったが、鯛メシの方はよくある味だったのか黙って食べていたジェラールが、ゴマペーストとバターで味付けした豆腐の味噌汁には非常に感心したらしく「very good!」と一言、褒めた。これは本当に掛け値なしに美味しかったのだろうし、彼らにとって新鮮な味だったのだろう。この味噌汁はゴーティエも「this is amazing!」と感嘆していた。ワケギかアサツキが散らしてあるその味噌汁はゴマペーストとバターの香りと味わいが味噌と絡んでとても香ばしかったに違いなく、和食ではなく、ちょっとしたイタリアンかフレンチを作った時に、お供にスープとして供したら、とてもいい感じだろうな、と思われた。


賑やかに感想を述べつつ綺麗に平らげるゴーティエと、黙って味見をするジェラール


お世辞は言わなさそうなこの人に褒められると、本当に嬉しいだろうなという気がする

彼女はその後、最終日の仕事を勤め上げ、夜11時に閉店したのち、願い出て厨房を一人で綺麗に掃除し、自分が修行に入ることを受け入れてくれた厨房の皆に礼を良い、非常に気持ちよくその場を後にした。立つ鳥、後を濁さずという言葉が脳裏に浮かんだ。どこに行っても、その場で出来る限りのことをして、後を濁さず気持ちよく立ち去る、というのは大事なことだな、と改めて思った。



栗原はるみという人は、痩せて小柄でルックスも軽やかだが、精神的にも気負いがなく、軽やかな人であるのだな、と感じた。風通しのいい人、という印象である。もてはやされてもいい気にならない。自分を見失わない。立ち位置を誤らない。専業主婦から仕事を始めた人なのに、勘違いやブレがないのは大したものだと思う。

「料理の上手な奥さん」からプロの料理家になるには、彼女のセンスや努力だけでなく、元司会者の夫君の存在や人脈、薫陶も背後で大きくモノを言っていそうである。おそらくは、順調に拡大しているビジネス関連の実際的な舵取りは夫君がされているのだろうし、それらは少しずつ息子さんに引き継がれているのかな、とも推察されるけれども、今日の「栗原はるみ」という料理家を作ったのは、夫君の玲児氏の支えとプロデュース能力ではなかろうかと思うのである。無論、本人に才能あってこそではあるが、彼女が一人でやっていたら、今のような感じで存在していなかったのではなかろうか。


料理をしていると開放感を感じる、という栗原はるみ

60歳から始めた英語で、異国でどうにか通訳なしでコミュニケーションをとり、64歳で5日間とはいえ、異国の新しいレストランの厨房で修行してみるという彼女のフットワークの軽さ、気負わない好奇心を好ましく感じた。64歳になって存在感が爽やかだ、というのは、そういう生き方をしていないと醸しだせない空気である。年長の夫に守られ、支えられ、後押しされながら、気づいたら檜舞台に躍り出ていた、という感じの彼女だが、ただ運が良かったというだけの事ではないのだろう。天性のセンスや、ものの考え方、見方などが嫌味なく彼女の佇まいや作る料理ににじみ出ている。それが栗原はるみが好感をもって世間に迎えられる理由なのだな、と思った。


ソーホーの街角で

「料理の仕事をしていて良かったと思った」とシェフ修行体験について、思わず涙しながら語っていたが、栗原はるみは料理を作っている時、本当にうれしそうである。家族のためにせっせと作ってきた料理がいつしか仕事になったわけだが、とにかく、芯から料理が好きなのだ、という事が伝わってくる。
誰にでもできることではないし、容易なことでもないとは思うけれども、「好き」を仕事にできる、という事はやはり幸せな事である。本当に好きな事であれば、どんな事があっても頑張れるし、第一、やっていて自分が幸せだろうと思う。
本当に好きな事を仕事にしないといけないな…と、今更ながら改めて感じたワタクシであった。

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