「ツイン・ピークス」(TWIN PEAKS)

−妄想と闇の狭間に−
1990〜1991年 米 ABC制作



今年、25年ぶりにUSで新作のTVシリーズが制作されるという「ツイン・ピークス」。
日本では1991年、WOWOWが開局の景気付け的に放映したのが最初らしい。そうだったんだ。ワタシはその後、民放地上波で土曜日の深夜に放映されたのを見ていた記憶がある。あまりに大ブームだったので、一体どんな話なんだろう?と興味が湧いて。でも、覚えていたのは、缶コーヒー・ジョージアのCMに使われていた、という事だけだったりして。
この度、開局25周年を寿いでか、現在、WOWOWで25年前のシリーズ全30話が放映中なので、録画しておいて久々に鑑賞している。あのテーマ曲を聞いた時、不思議なほどに、じんわりとした懐かしみを感じたのは自分ながら意外だった。




WOWOWが開局記念みたいなノリで放映したのが最初だったのか「ツイン・ピークス」。知らなかった。WOWOW開局の頃といえば、イメージキャラクターにハリソン・フォードを起用して、土砂降りの雨の中を西部の開拓者をイメージしたらしい衣装のハリソンが「WOWOW」と一言のたまうCMが放映されていたことを覚えている。WOWOWってナニ?と思ったものだった。そう思わせるのが狙いだったのだろう。そういえば、WOWOWのCMって、今流れているのもなんだか変である。外している感が横溢している。「目の前を、おもしろく。」って、あのWOWOWメガネは早々にオンエアをやめた方がいいと思う。

WOWOWの話はこのぐらいにして、本題の「ツイン・ピークス」であるが、「とにかく変な話」という印象しか残っていなかったドラマだけれど、薄いキャラが皆無のヘンテコな登場人物たちに不思議な可笑し味があって、それが殺人事件というミステリーの枠の中で、入り組んだ人間関係と相まって独特な世界観を構築している。そこにオカルティズムだの、クランだのという要素も混ざり込んできて、小さな寒々しい田舎町に迷宮を作り出す。さっぱり期待してなかったのに、久々に見ると全てが新鮮だった。そもそもワタシがピーカーじゃなかったせいもあるのだろうが、あのローラの死体と、赤い部屋で赤いスーツを着て踊る小人のシーン以外は全部忘れてしまっていたので、とても新鮮な気分で楽しく見ることができているのかもしれない。昔も今も、こんなノリのドラマは「ツイン・ピークス」だけではないかという気がする。独特感が際立っている。



久々に見たカイル・マクラクランの若さにホッヘ〜!と思ったが、「ツイン・ピークス」のクーパー捜査官を演じるマクラクランは唐沢寿明になんだか似ていた。WOWOWの放映は二ヶ国語放送のみなのだが、子供の頃に見た吹き替えの傑作版以外は基本的に吹き替えが嫌いなワタシも、このドラマの日本語版は違和感がなく、よく出来ていると思った。ことにマクラクランの声を吹き替えている原 康義がクーパー捜査官のノリにピッタリで、俳優本人の声よりも吹き替えの方がいい(役に合っている)、と思ったのは随分久々のことだと思う。


常に「ダイアン」と秘書への呼びかけから始まる忘備用のレコーダーへの録音


いい感じのコンビっぷりを披露するトルーマン保安官(マイケル・オントーキン)とクーパー捜査官(K・マクラクラン)

「ツイン・ピークス」には若手の美人女優が大勢出ていたのも特色で、一番出世したのがララ・フリン・ボイルではなかろうかと思うが、この時はまだ売り出してすぐぐらいの新鮮な感じである。「ツイン・ピークス」終了後、ララ・フリン・ボイルは最も引っ張りだこのブレイク状態になったと思うが、ジャック・ニコルソンと付き合って人生最高潮!と思っていたら捨てられて、それから暫く荒れていたような感じもあったような…。40を超えてからは整形しまくりで顔が変になったという話も聞いたが、どうなのだろうか。一応、今でも映画やドラマにコンスタントに出続けているようである。



マクラクランも特に日本で人気爆発状態になり、好きな人は今でも好きなのだと思うけれども、ワタシには当時、いまいちピンと来なかった。今回、久々に見てみて、ははぁ、なるほどね。と思った。ハンサムではあるが、かなり変わっているクーパー捜査官は、この人ならではの当たり役だろう。その、ハンサムで人当たりは良いが、かなり変わっている、という感じが、原 康義の吹き替えだと一層鮮明に感じられるのである。



ワタシがちょっといいな、と思っていたのは、RRダイナーのウェイトレスでレオという暴力亭主に怯えつつも、浮気などをしちゃうシェリーを演じていたメッチェン・エイミックである。美人度で言ったら、ローラ・パーマーを演じたシェリル・リーよりもずっと美人だと思うが、後々そんなに大成しなかった観もある。ともあれ、現在もTV中心に活躍中らしい。


美人度ではNo.1だった気がするメッチェン・エイミック 確かに美人である

土地の有力者の娘で、妙なコケットリーを振りまくオードリーを演じていたシェリリン・フェンも印象に残るが、やはりTV女優という感じで現在も女優を続けている。一時期、デヴィッド・リンチと付き合っていたらしい。リンチはこういうタイプが好みなのかな。イザベラ・ロッセリーニとちょっと似ていなくもないものね。


常にこういった感じでクネクネしている

今回見ていて、「あぁ、そういえば出てたなぁ」とちょっと懐かしかったのがジョアン・チェンだった。時期的に「ラスト・エンペラー」の後だから、保安官と恋愛関係にある製材所の未亡人という美人キャラで登場している。そういえば、ジョアン・チェンの比較的最近の出演作品には「ラスト・コーション」があったっけ。東洋系ながら息長く活躍している様子だ。


懐かしのジョアン・チェン 美人度はさほどでもないが、品があり、しっとりとした色気は天下一品だ

「世界一美しい死体」ローラ役のシェリル・リーは、かなり平凡な金髪美人という感じなのだけど、リンチは彼女と彼女の演じるローラがとても気に入っていたらしい。



トルーマン保安官とガソリンスタンドのエドは、でかくて素朴でナイスガイ、というキャラが被っている気がした。エドはなぜ、片目で口喧しいヒステリーの妻ネイディーンと結婚したのだろうか。相思相愛だったのだろうノーマと、なぜすんなり結ばれず、お互いに本意でない相手と結婚したのか、悪妻に悩まされるエドをクスクスと笑って眺めつつも、夫婦の不思議についてちらっと考えさせられたりもする。



ワタシは、物語の内容などは殆ど忘れているので、今回はそういう方面に関しては初見のようなものなのだけど、第2話のクーパーの夢のシーンは強烈で、この夢のシーンに代表される世界観がこのドラマを独特にしている核だな、と今更に感じた。

クーパーはどことも知れない赤いカーテンの下がった部屋のソファに座っている。それは25年後で、クーパーは中年になっている。そこには赤いスーツを着た小男が居て、不思議な言語を話す。彼の従姉妹だという女性もソファに座っているが、彼女はローラに瓜二つである。小男は「あんたの好きなガムがまた流行る」と意味不明な事を言う。彼らは「小鳥のさえずる世界から来た」らしく、小男は「ローラには数多くの秘密があった」と言う。怪訝な顔のクーパーを尻目に、小男はどこかから流れてくるリズムに乗って一人奇妙な踊りを踊る…。



ワタシはこのシーンには特に「羊男的迷宮」を感じた。(「踊るんだよ。音楽が鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ。みんなが感心するぐらいに」by 羊男)
「ツイン・ピークス」はどことなくハルキ・ワールドとテイストが近い、というのが、今回25年ぶりにこのドラマを見て感じた事だった。登場人物のキャラ付けや言動に潜む奇妙な可笑しみと、現実のすぐ裏側に薄い皮膜を隔てて深い闇が存在し、潜在的に闇に惹かれる人々をすっぽりと飲み込んでしまう、というような雰囲気が、村上春樹の小説世界を想起させるのである。洋の東西を問わず、日常のすぐ裏側に何かしら不可知な闇がある、という世界観は、人の興味を惹くのだろう。
一見、どこにでもいるちょっと優等生でちょっと可愛い女子高生ローラ・パーマーだが、人には言えない暗い秘密の世界を内側に抱え、ある朝、死体で発見される。ワタシは何となくこのローラに村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」に登場する、都内のホテルの一室で絞殺体で発見された、高級娼婦という夜の顔を持っていた女子大生が重なって見えた。

*****
今回、ちょろっとwikipediaをチェックしてみて、最初の第1シーズンの全7話はデヴィッド・リンチが演出していないという事がわかり、へぇ〜と思った。あのキッチュなノリはリンチの演出でなくても醸し出せるものなのである。面白い。日本では序章と呼んでいるパイロット版が認められて連続ドラマとしてスタートする事になった時、リンチには映画の仕事が決まっていて、自分で演出することができなかったらしいのだ。

25年前に作られたこのシリーズの中に、キーワードとして折々「25年後」という言葉が出てくるようだが、奇しくも25年後の今年、本国USで新シーズン8話が制作されることになった(放映は2017年)。新シーズンには、この赤い部屋と小人がふんだんにフィーチュアされる感じになるのだろうか。興味深い。


踊る小人 強烈なイメージで、他の事は殆ど忘れていたがこの踊る小人だけは覚えていた

「ツイン・ピークス」が制作、放映されていた90年〜91年といえば、日本ではバブル期真っ只中の時代である。そういえば、あの頃は毎日が楽しかった。何もかもが右肩上がりで、自分が格別な大金や僥倖に恵まれたとかいう事はなかったが、若かったし、時代の空気は呑気でC調だった。楽しい事を追いかけて過ごし、毎日浮かれて暮らしていた。そんなにいつまでも、こんなC調な時代は続かないだろうとは薄々思ってはいたけれども、バブルが弾けた後の日本を、あんなにも長い空洞が待っているとも思わなかった。
思えば、最初に放映された時にあまり「ツイン・ピークス」の世界に乗れなかったのは、呑気に楽しく日々を送りすぎていて、現実の裏側にピタリと貼り付いている闇に目を向ける気になれなかったからかもしれない。

「ツイン・ピークス」は日本のバブル期に放映されていたのだという事に今回改めて気付いた時、あれはもう、4半世紀も昔のことになったのか、と妙なところで感慨深くもなった。

コメント

  • 2016/04/25 (Mon) 22:11
    No title

    kikiさん、こんばんは!

    そうなんですよ。あらためて観ると新鮮かつ懐かしい不思議なドラマでした、私にとっても。私は5年前の「上陸20周年記念HV字幕版一挙放送」で久々に観た時、kikiさんの感想通りのこと思いました。オープニングのテーマ曲、なんといったら良いのか内臓に響くって感じです(笑)、今聞いても。私はWOWOW開局当時は引越しや何やで忙しくしていて、少し落ち着いてから契約して見始めました。ヘンな局でしたね(笑)。開局間も無い頃は、スタジオでお笑い芸人か俳優のたまごのような人達がけっこう勝手気ままに言いたい放題(今では当たり前の光景ですが)って感じでアナウンサー(今村知子だったと思う)に突っ込んだこと言ってました。

    私も当時はそんなにはまること無く、というか世間がなんでこんなに騒ぐのかと訝しかったです。フジテレビの昼帯番組だったか、話題のコーナーみたいなとこでブームの検証してたの。アナウンサーが例の二つの山の絵に「WELCOME to TWIN PEAKS」と書かれたあの看板を道行く人に見せてこれ何かわかります?って聞いてたらあるおばさまが「台湾(旅行)案内?」と答えたのが可笑しかった!という思い出の方が強くてドラマ自体はあまり覚えてなかった。

    ところが時を置いて見るとすごくいいんですよね。良かった!5年前は「ヘェ〜、こんなに面白かったんだ」ってひとりで思うだけで誰も共感してくれなかったので
    kikiさんも惹かれたと知って嬉しいです。今回は意味深な25年後ということもあり、このドラマの存在を知らない若い子にも見てほしいな。来年の復活版が怖くもあり楽しみでもあります。

    ただ、5年前WOWOWでの放映時期に東日本大震災が起こり、前回の記事でkikiさん書いてらしたように「日本大丈夫?どうなっちゃうの!」と思いながら眠れぬ夜にずーっとこのドラマ観ていたことを思い出しました。どういう巡り合わせか今回放映時期に熊本地震が起こり不思議な思いにとらわれています。というわけでこのドラマは私にとって生涯忘れ得ぬドラマになりそうです。

    • ジェーン #io8unDfk
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  • 2016/04/27 (Wed) 21:48
    Re: No title

    ジェーンさん こんばんは。
    5年前にも放映したんですね、これ。何か節目ごとに放映してるんでしょうね。5年前はWOWOWを止めていたんで知りませんでしたわ。

    やっぱり、あのテーマ曲に何がしかの感慨がありましたか。何だろう、不思議ですね。当時ファンだったわけでもないのにね。でもそれが同時代性というものなのかもしれませんね。忘れていても昔聞いていたメロディというのは、脳のどこかにひそんでいるものなんですね。

    昔、何じゃこりゃ?と思っていた分、今じっくりと見てみると意外な面白さにヘェ〜!って感じになるのかもですが、思ってたよりずっと面白かったですね。当時はそれほどとも思わずにさらっと見ていただけだったのだけど。

    そうか。新シーズンはUSで来年の放映なんですね。どこかに2016年の放映と書いてあった気がしたんだけど、2017年に放映なんですね。日本でもその年のうちに放映されるかしらんね。

    そして、5年前のWOWOW放映時には、そうか。あの東日本大震災が…。本当、今回は熊本の大地震が起きましたね。熊本や大分は未だに余震というか、揺れっぱなしで混沌としているみたいですが、熊本、大分と言うのは九州の真ん中辺だから、九州は活断層で北と南に分断されてしまうんじゃないか、と心配です。
    というか、丁度、東京五輪の頃に、関東に大地震が来るんじゃないかという気がしてしょうがないんですけどね。…縁起でもないから、あまり考えないようにしないとだけど。ちょっと北も南も、日本は揺れすぎですね。次は真ん中辺りじゃないかという懸念しきり…。クワバラクワバラ。

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