「エレファント・ソング」(ELEPHANT SONG)

2014年 カナダ シャルル・ビナメ監督
−白鳥の歌、象の歌−



なんとなく面白そうだと思って予約録画しておいたのを鑑賞。
サスペンス風味の心理劇なのだが、原作は戯曲で、会話で話が進行していくので、凡庸な監督や出演者、脚本だと、非常に見ていてしんどい映画になりそうなところを、最初から何となく引っ張られてクライマックスまで付き合ってしまう、不思議な魅力のある映画だった。
画面にかけられたグリーンのフィルターと、基調の背景色であるブルーグリーンの色調がどのシーンの映像も美しく引き立てており、その映像の中で織りなされる主要な三人の登場人物を演じる俳優たちの演技もそれぞれに見事だった。


ある精神病院で、ローレンスという医師が失踪した。行方を知っているのは、彼が最後に診察した患者マイケル(グザヴィエ・ドラン)ではないかと思われた。クリスマスイヴの雪の降る朝、休暇中だった病院長のグリーン(ブルース・グリーンウッド)は、理事長からの依頼でマイケルに話を聞くために病院に赴く。婦長のピーターソンは、マイケルは作り話がうまく、嘘で人を翻弄するので気をつけるようにグリーンに警告する。案の定、マイケルはあちこちに話をはぐらかし、無関係な象の話を突如始めたりしてグリーンを煙に巻き、さらにはローレンス医師が自分にセクハラを働いていたと嘯いて、グリーン院長を困惑させる。ローレンス医師の行方を問い詰めるグリーン医師に対し、自分のカルテを見ないこと、チョコレートをくれること、ピーターソン婦長を同席させないこと、を条件に持ち出すマイケル。行方不明のローレンス医師はどこに行ったのか…。マイケルは何を知っているのか…。

というわけで、
カナダ出身の俳優であり、監督であり、プロデューサーでもあるグザヴィエ・ドランを本作で初めて観たのだけれど、マイケルはまるで自分自身だ、と言って出演を熱望しただけあって、気合の入り方が並大抵でないのがその一挙手一投足に細かく神経を張り巡らせたような演技に感じられた。才気走っていてゲイっぽいというのは見ているだけでも分かる気がするが、やはりゲイであるらしい。本作のマイケル役も、愛に飢えたゲイの青年役で、グザヴィエ・ドランが演じないで誰が演じるのか、というような役にのめり込んだ雰囲気が漂っていた。



当初は、頭が良すぎ、ありあまる時間を持て余して、関わる人間を故意に振り回す事で憂さ晴らしをしているような問題児の患者マイケルが、グリーン院長との問答を進めるうちに、次第に根深く愛に飢えた内面を提示しはじめ、心の奥底の深い絶望が浮き彫りになっていくあたりのグザヴィエ・ドランの熱演は必見だ。また気まぐれでエキセントリックなマイケルの言動のそこかしこに、彼の本当の目論見がうかがわれるようなヒントがちりばめられた脚本になっている。

このドランのなりきり演技を静かに受けるグリーン院長役のブルース・グリーンウッドも良かった。大抵いつも落ち着いたインテリの役が多い俳優だという印象だけれども、今回もそういう持ち味がよく生きていた。マイケルに翻弄されまいと身構えながら話をするが、本当は精神科医に向いていないと思いつつ精神科医を続けている自己矛盾をマイケルに鋭く見抜かれてしまう。冒頭のほうで、僕はホワイト・エレファント(厄介者)だけど、あんたは「存在の危機」だね、とマイケルはグリーンに憎まれ口をたたく。



グリーン院長は、かつて有能な婦長のピーターソンと夫婦であった時期があったが、一人娘が事故死したことで離婚し、現在は別の女性と再婚している。グリーンが再婚した、情緒不安定な「かまってかまって妻」を演じるのは、「マトリックス」でトリニティを演じていたキャリー=アン・モス。少ししか出てこないけれども、その「私にかまってちょうだい状態」がかなり鬱陶しく感じられるので、女優としてけっこう上手いという事かもしれない。


キャサリン・キーナー(左)キャリー=アン・モス

グリーンは、ピーターソンが娘を連れてピクニックに行き、娘が事故死してしまったことがいまだに心の中にわだかまっている。自分が一緒だったら娘は死ななかったのではないかと思われてならない。娘の不慮の死がピーターソンとの結婚を破綻させたが、現在の再婚生活もけしてうまく行っているわけではない。グリーンの心はやはり元の妻、ピーターソンにあるのだと思われる。



マイケルのクセをよくわきまえている婦長のピーターソンを演じるのはキャサリン・キーナー。この人は「カポーティ」で、カポーティの幼馴染で「アラバマ物語」の著者であるネル・ハーパー・リーを演じていたのがとても印象深い。何に出ていても上手いので安定感があるけれども、本作の婦長役もハマリ役で、過去に娘を死なせてしまった傷を抱えつつも、院長のグリーンをまだ心の奥底で愛している中年の婦長のありようと、婦長として有能であり、マイケルを気遣っているという感じが、とてもよく伝わってきた。

マイケル(グザヴィエ・ドラン)が、院長に、彼女を同席させないことを条件に持ち出すのは、自分をよく知っている彼女がそばにいると、自分の目論見を察知され、阻まれてしまうからなのだ。

舞台が精神病院で、存在感のある婦長が出てくると「カッコーの巣の上で」をついつい思い出してしまうけれども、あのゲシュタポのような婦長と比べるまでもなく、キャサリン・キーナー演じるピーターソン婦長は、あんな強引で規則一辺倒な非人間的な婦長ではない。自らも傷を抱えながら、日々、責任をもって仕事を果たしている、なんとなくシンパシーを寄せたくなってしまうような女性だ。

***
四方八方に話をはぐらかされつつも、辛抱強く会話を続けていくうちに、マイケルが有名なオペラ歌手が生んだ望まぬ息子であることや、彼がなぜ、象に強い執着心を持っているのか、などが、徐々に明らかになる。マイケルがアフリカで見た、ハンターに撃たれ、鋭い一声をあげて倒れ、彼をじっとみつめながら涙を浮かべて死んでいった象は、彼の中で、全盛期を過ぎようとしていたオペラ歌手の母の死と重なっていたのではなかろうか。
エレファント・ソング…それは、断末魔の一声ではなかろうか。母親にも愛されず、母の一夜の恋の相手だった父(アフリカの密猟ハンターか)とも一度しか会った事がないマイケル。誰かに自分を受け入れてほしい、愛してほしいという彼の切なる願いは、精神病院の担当医、ローレンス医師に一途に向けられるのだが…。



というわけで、題材的にも好みの分かれる作品だとは思うけれども、ご興味のある方はDVDも出ていると思うので半額の日にでも鑑賞してみていただければと思う。ワタシはWOWOWの放映を録画しておいて鑑賞した。流さずに予約をセットしておいてよかった、と思った。題材も題材だし、とにかく、元が舞台劇だから、主な場所はローレンス医師のオフィスで、グリーン院長とマイケル、そして時折ピーターソン婦長を交えての会話劇で話が進んで行くので、冒頭にも書いたけれども、手腕のない脚本家や監督が手がけたら、目も当てられない作品になったと思うけれども、ブルーグリーンのトーンが非常に美しい画面と、1950〜60年代らしいクラシカルな小道具やインテリアなどがその色調にしっくりと馴染み、全体に軽くない話ながら、そのセンスのいい美術や色彩効果で重さを感じさせず、会話劇の妙味を味わいつつ、クライマックスに向けて興味を繋いでいかれるように仕上がっていた。映像美はこういう作品においても、極めて有効に映画の印象を左右するのだな、と再認識した。また、ラストに愛を取り戻す二人の姿が描かれているのも、作品の印象を掬い上げる効果があったと思う。

監督、脚本家、俳優たちのみならず、美術や照明、編集など、関わった全てのスタッフがいい仕事をしていた。
不思議な魅力のある映画だった。

ふ〜む、なるほど。カナダ映画、なかなかです。

コメント

  • 2016/07/20 (Wed) 23:41
    No title

    Hello,kikiさん!

    目下大注目の天才グザヴィエ君ご覧になったのね。私は迂闊にも録画し忘れ見逃してしまいましたorz。5,6月忙しかったからかな?かろうじて「Mommy マミー」は見ましたが。

    この映画の主人公はまさに自分・・・とか。彼の映画は私小説ならぬ私映画といった感じで見ているのがちょっとしんどくなるようなものが続いてました。特に母親との関係性について。でもこの映画の監督は他の人だし原作もあるので、今までとは違うかなと思っていました。kikiさん評によると、関わった全てのスタッフがいい仕事をしていた・・・ようでホントに見逃したのが悔やまれまする。

    カンヌの常連だったグザヴィエ君。今年はグランプリ(「Juste la fin du monde」)も取って,ますますキャリアアップしてますね。カナダのケベック(モントリオール)生まれというのも強味ですよね。フランス圏の俳優も使いこなせるし。そしてなんと現在、キット・ハリントン、ジェシカ・チャステインの若手?やナタリー・ポートマン、スーザン・サランドンやキャシー・ベイツといった大御所たちが勢ぞろいの「The Death and Life of John F. Donovan」を撮ってますね。すごい!27歳ですよ!あ〜キットのことも含めて成功するといいナ。カナダの首相は若くてイケメンの(といっても44歳だけど)トルドーだし何かしらパワーを感じます。ウインブルドンではラオニッチ君が頑張っていました。カナダ来てますね〜。来年は建国150周年なのでいろんなイベントが盛りだくさんだそうです。

    ところで、そうなんですよ。カナダはお隣りがエンターテイメント大国アメリカだから逆にこう言う内面的・家族関係などを描いた秀作が結構あるんですよ。2003年の「死ぬまでにしたい10のこと」とか良かったわ。この映画をプロデュースしたのがスペインのペドロ・アルモドバル。奇しくも彼もゲイで「母」へのこだわりがありますね。でも彼の映画は母親讃歌・人間讃歌って感じで大らかさがあるところがグザヴィエ君とは違うと思いますが。

    とにかく目が離せないグザヴィエ君。うちのDVD・ブルーレイデッキしばらく前から壊れてて。さて、この映画どうやって観れば良いかしら。

    • ジェーン #io8unDfk
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  • 2016/07/22 (Fri) 00:09
    Re: No title

    ジェーンさん
    注目してますねぇグザヴィエに。
    いや〜、確かに才能有り余ってる感じがします。
    今回は彼は出演者で監督は別の人なんだけれども、この監督も才能あるなぁ、と思いました。
    「エレファント・ソング」見逃しちゃったんですのね。ワタシは「Mommy マミー」はスルーしちゃいましたわ。そのうちまた、グザヴィエ特集やると思うんですけどね。

    カナダの人、特にフランス語が公用語になっているあたりの人はいいですよね。英語とフランス語が自在に話せたら鬼に金棒だもの。
    ただ、まだ27歳であまりにも才能を発揮してしまうとねぇ。どうなんだろうな。その先も人生って長いですからね。…でも、この人はなんか、あまり長生きしなさそうな気もします。病気とかじゃなく、40代ぐらいで発作的にビルから飛んじゃったりしそうなタイプに見えるので(縁起でもないけど)、そういう不安定な何かを常に内包しつつ、作品を作っていくんだろうな、という感じですね。

    カナダ、けっこう来てますね。カナダは北米大陸でアメリカと繋がっているけれども、ガンガン自己主張するアメリカと国民性が異なる感じですよね。節度がある感じ。
    ラオニッチは東欧から移住したんでしたっけ。カナダって国が大きいわりにすごく人口が少ないですよね。今、欧州を悩ませている移民問題ですが、狭いヨーロッパに押しかけないで、カナダとかオーストラリアを目指せばいいと思うなぁ。あんな広いところに日本の3分の1ぐらいしか人が住んでないんですよね。一人当たりの面積広すぎ…だけど、オーストラリアなんかは広いだけで住めない土地が多いのかも。

    デッキが壊れているとなるとディスクはダメですね。またWOWOWか、他の映画チャンネルが放映するのを待つともなしに待つしかないかも。秋ぐらいにまた放映するかもじゃないですかしらね。ふほ。

  • 2016/07/22 (Fri) 22:50
    No title

    そう。私も彼のこと心配です。

    <40代ぐらいで発作的にビルから飛んじゃったりしそうなタイプに・・・

    レスリー・チャンね!本当そんな感じ。それともオーソン・ウェルズみたいになっちゃうか。

    ラオニッチはモンテネグロですね。カナダも移民が押し寄せてますよ。でもカナダは元々移民国家なのでヨーロッパ(国民国家)とは違って結構簡単に法律が変えられるみたい。なので今の所ヨーロッパみたいな極端な流入には歯止めがかかっています。(でも西海岸はすでにカリフォルニアと同じ状態になっちゃってますorz)

    フランス語圏の人も生まれながらに英仏バイリンガルになるわけではなく、ケベックの人は英語圏に語学留学したり、英語圏の人はフレンチイマージョン教育の学校に入ってフランス語を習得するようです。上級公務員になる要件の一つがバイリンガルであることなので。もちろん首相も。(だから自然にフィルタリングされる利点はありますよね)

    パソコンで見ることもできるけどやっぱり大画面で見たいのよね。(と言いながらipadでオンデマンド見てる私です、笑)次回のチャンネル放映まで待つことにしますわ。

    • ジェーン #io8unDfk
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    • 編集
  • 2016/07/23 (Sat) 11:55
    Re: No title

    ジェーンさん
    カナダにお詳しいですね。というか、かなり思い入れがありそうな気配ですね。

    そうか。カナダは移民を規制してるんですね。広いんだからもうちょっと解放したらどうかと思うけど、治安が悪くなっても困るし、なかなか難しい問題ですわね。
    そうか。カナダの人はフランス語圏でも子供の頃から英仏双方の言語の教育を受けるわけじゃないんですね。ずいぶん前にパリに旅行した時、仕事で来たというカナダ人の会社員とひょんな事から知り合いになって、オベリスクからルーブル美術館まで歩きつつ話したんですが、パリはいいけど、フランス語が話せないのがちょっと残念なんですよ、そうじゃないですか?とワタシがいうと、彼は、自分はカナダ人なので英語もフランス語もOKだから言葉の問題はないんですよ、とにこやかに答えたのを思い出します。そんなわけで随分長いこと、カナダ人は自然にどっちも身についているのかと思っていたんですわ。地域によって色々らしい、というのはその後、知りましたけどね。

    WOWOWオンデマンドにも、今「エレファント・ソング」は入ってないみたいですね。やはり、再び放映されるまで待つともなしに待つしかないかも、ですわね。

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