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「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」(TRUMBO)

−才能が弾圧を超克するとき−
2015年 米 ジェイ・ローチ監督



近年、映画館で映画を見ることが本当に減っているワタシなのだけど、これは久々に頭の中で「観たい」フラグが立った映画なので観に行った。主演がブライアン・クランストンというのがナイスだし、何よりワタシはダルトン・トランボといえば、カーク・ダグラスと「スパルタカス」のくだりが見たくて、ほぼ、それを目当てに映画館で鑑賞してきた。




1940年代後半〜50年代というのは、アメリカでマッカーシズムと呼ばれる過激で横暴な赤狩りが横行した時代だ。50年代は空前の繁栄を謳歌したアメリカの黄金期でもあるが、一方で冷戦化の世界情勢の中、共産党員をすべてソ連のスパイとみなし、疫病のように共産主義を忌み嫌う風潮が蔓延したアメリカの黒歴史の時代でもあった。
ダルトン・トランボは花形脚本家であり、共産党員でもあった。そして、共産党は第二次世界大戦あたりまでは、アメリカでそんなにまで忌み嫌われてはいなかったらしい。しかし、1940年代後半になり、ソ連との冷戦状態が激化していくにつれてアメリカの共産主義、共産党嫌いはヒステリックなまでに高まっていく。ハリウッドの映画人の中にも共産主義者がおり、トランボの他にエドワード・G・ロビンソンなどもハリウッドにおける共産主義の仲間だった(ハリウッド・テンと呼ばれる10人)。ちなみにマリリン・モンローと結婚していた時期のアーサー・ミラーも非米活動委員会に睨まれ、2年ぐらい全く仕事ができない時期があったようだ。ハリウッドや文壇などは大衆への影響力が大きいところから、特に非米活動委員会に目をつけられたのではないかと思う。



トランボは、赤狩りが始まったごく初期に聴聞会に呼び出されたが、証言を拒んだかどで、約1年ほど刑務所に入る羽目になった。1年程度で刑務所は出られたものの、非米活動委員会のお先棒を担ぐ「アメリカの理想を守る映画連盟」というハリウッドの赤狩りを率先して行っていた組織に目をつけられ、仕事を干されてしまう。このいかにもいい気な映画連盟のリーダーを務めていたのは西部劇ヒーローのジョン・ウェインだった。ジョン・ウェインはタカ派の愛国主義者だったらしい。愛国者の割に徴兵猶予を申請して兵役を逃れていた事を、この映画の中でもトランボがジョン・ウェインに兵役の事で嫌味を言うシーンで表現していた。…なるほどね。ミスター・アメリカにも当然ながら表と裏があるのだね、と思いつつ、何やら残念な感じもした。ジョン・ウェインを演じていた俳優があまり似ていなかったのも少し残念だった。
ブラックリストに載ると文字通り干されて生きていけなくなる。こうした弾圧に屈して、踏み絵を踏む者も当然出てくる。生きるために仲間を売らざるを得なくなるのだ。親しい仲間でハリウッド・テンの一員だったエドワード・G・ロビンソンの裏切りを、獄中、ラジオでトランボが知るシーンは切ない。

率先して赤狩りを行った「アメリカの理想を守る映画連盟」で幅をきかしていたのは、当時、業界のご意見番として我が物顔であれやこれやの噂話を書き飛ばしていた、煮ても焼いても食えないゴシップライターのヘッダ・ホッパーだった。ヘッダ・ホッパーを演じていたのはヘレン・ミレン。ナイス・キャスティング!実にぴったりな配役だと思う。ヘッダは当初は女優をしていたらしいので、婆さんになりかけてもちょっと綺麗だった名残があり、しかしながら、蛇蝎のごときクソババァであるという感じがよく出ていた。
40〜50年代ハリウッドのゴシップライターといえば、このヘッダ・ホッパーとルエラ・パーソンズが両横綱という感じで、勝手放題な事を書きまくり、絶大な権力をふるっていた。なにゆえにこんな寡占と増長が長年許されたのか不思議だが、彼女たちが出てくるまで、世の中にはゴシップ・ライターというものが存在しなかったからなのかもしれない。そういう役割が求められてたところにスッポリと上手くハマったという事だろうか。和田アキ子みたいなものか。


ヘッダ・ホッパーって本当にこんな感じだったようだ ヘレン・ミレン まさに適役

ともあれ、ヘッダ・ホッパーは狂信的にこの「アメリカの理想を守る映画連盟」の活動にのめりこみ、車を駆って全米を走り、各地の婦人会で「共産主義俳優の出演作品をボイコットせよ!」と演説をぶって廻った。実に敵には回したくないクソババァである。「ハリウッドで行われる事で、何1つ私の知らない事などあっちゃならないわ。私の許可もなしに何事も行うことはできないのよ!」という感じが充満している。この婆さんに「書くわよ」と脅されると、皆、黙らざるを得なかったらしい。本作の中で、MGMのタイクーン、ルイス・B・メイヤーでさえも、彼女に脅されてトランボを解雇せざるを得なくなるシーンが出てくる。誰が、いつ、どうしてそんな権力をこんな女に与えてしまったのだろうか。でっち上げだろうが何だろうが、ゴシップ記事はよく売れるから、という事に尽きるのかもしれないけれど…。必要悪と言えるのかどうなのか。ともあれ、ヘレン・ミレン演じるヘッダ婆さんの憎々しい雰囲気が、いかにもそうだろうねぇ、と思われた。

1年で刑務所は出たものの、ハリウッドの赤い業界人としてブラックリストに載ったトランボには、仕事は1つも回ってこない。やむなく彼はB級以下のようなキワモノの低予算娯楽映画を作っていたキング兄弟と渡りをつけ、格安のギャラで偽名を使って、次々に低予算の娯楽映画の脚本を書き飛ばす生活に入る。夜を日についで書いて書いて書きまくり、書き飛ばす日々に…。

1980年代以前の映画を見ると、登場人物がよくタバコを吸うのに今更に驚くが、本作でもトランボ以下、登場人物がよくタバコを吸うので「ほへ〜〜」と思った。ブライアン・クランストンは常に煙にまみれて演技をしていたような感じだったが、トランボが片時もタバコを口元から離さない有様は市川崑もびっくりなほどで、ひっきりなしにタバコを吸いつつ、ウイスキーを飲み、アンフェタミンをウイスキーで流し込み、タイプを打ち続け、風呂の中でまで脚本の手直しや校正をし、バスタブに浸かりつつもタバコを手放さないのには、笑うというよりも、よくもまぁ、そんな事を来る日も来る日も続けていて、体壊して早死にしなかったねぇ…と妙なところに感心してしまった。



B級映画製作会社を経営する、豪快なキング兄弟の兄を演じていたのは、ジョン・グッドマン。こういう役には打ってつけである。バカバカしかろうが、低予算のゴミ映画だろうが、とにかく面白くて観客が入り、金になればいい、という考えの彼は、トランボの思想など無関係で、一流脚本家を低予算で使い倒せるという損得勘定できっちりとソロバンを弾き、仕事をガンガン出す。粗野のように見えて、脚本のよしあしを見極める目はちゃんと持っており、面白くなければ容赦なく書き直しをさせる。ジョン・グッドマンは、そういう商売人らしいところが豪快な中にところどころ出ていて良かった。

時に子供たちに反抗されながらも、生活のために低予算映画の脚本を書きまくっていたトランボが、投獄される前に書き上げて友人の脚本家に委ねてあった作品がのちに映画化され、友人の名義でクレジットされ、アカデミー賞を受賞する。これが「ローマの休日」である。トランボという人は有名な作品の多い脚本家で、「ローマの休日」に「スパルタカス」「栄光への脱出」「ジョニーは戦場へ行った」(監督も兼任)「ダラスの熱い日」「パピヨン」など、おおー!という感じの作品が目白押しである。
「パピヨン」の脚本をトランボが書いたというのは、なんだかとても納得できる。あのパピヨンの不屈不撓ぶりは、赤狩りの嵐を凌ぎ切って名誉を回復した彼ならではの作品だろう。

トランボが身を潜め、偽名で脚本を書きつつ、自作の「ローマの休日」や「黒い雄牛」などは一家そろって映画館に観に行くシーンがある。「ローマの休日」の有名な「真実の口」のシーンに観客が大受けする場面は、自分も当時の観客の一人になって「ローマの休日」を見たような臨場感があった。

本作は、当時のニュースフィルムを巧みに織り交ぜて使っているのだが、本物のニュースフィルムの中に、本作のために撮ったニュースフィルムが紛れ込んでいても気づかないぐらいに違和感がなく、自然だった。その手の事はよくあるが、今回は最も自然な仕上がりだったのではないかと思う。アカデミー賞のプレゼンターとしてモノクロのニュース映像にカーク・ダグラスが登場するシーンは、一瞬本物かと思ったけれども、本作でカーク・ダグラスを演じているディーン・オゴーマンだった。いや〜、このディーン・オゴーマン、けっこう雰囲気が出ている。本物の方がもう少しごつくて顔ももっと猛禽類みたいだと思うのだが、カーク・ダグラスらしい雰囲気はとてもよく出ていた。ただ1つ残念なのは、カークといえば見事にかっきりと割れた顎(ケツあご)というか、ノミで抉ったようなゴリっとした窪みがトレードマークであるというのに、ディーン・オゴーマンの顎は特に割れても窪んでもいなかったことだ。あれは顎に特殊メイクをするべきだったと思う。ちょっとツメが甘い。


本物のカーク・ダグラス(左)と、彼を演じたディーン・オゴーマン

ともあれ、ワタシはずいぶん前に何かのハリウッド本で読んで、赤狩りにあってハリウッドを追放され、格安のギャラで低予算映画に偽名で脚本を書いていたダルトン・トランボのもとに、カーク・ダグラスが、自らがプロデューサー兼主演として制作予定の「スパルタカス」の脚本を依頼に行き、映画が完成すると周囲の反対をものともせずにクレジットタイトルにトランボの名前を堂々と出した、というエピソードを知っていたので、この映画でもそのシーンを見るのが楽しみだった。そして、見事に期待に応えてもらった。ディーン・オゴーマン演じる若いカーク・ダグラスの颯爽とした男気のある感じが、一服の清涼剤のように映画の中で光っていた。



余談だが、ワタシの父はカーク・ダグラスも結構好きで、彼の映画についても「炎の人ゴッホ」とか、あれこれと推薦を受けた記憶がある。その影響もあるし、この、トランボの名誉回復に大きく貢献したエピソードを知ってもいたので、ワタシはなんとなくカーク・ダグラスには好感を持っている。彼の倅は同じくプロデューサーで俳優でもあるマイケル・ダグラスだが、苦労人の、男気の、意思の人である父・カークに比べると、倅の方はなんだか全体にモニャっとした印象で、確かに才能はあるけれども、総体としてやはり親父は超えられないな、と思う(もしかすると、親父を超えている、というのが大方の評価なのかもしれないけれど…)。ついでに言うと、親父さんのカークは頬が削げた鋭角的な猛禽類のような風貌が特徴だが、倅は目元は似ているものの、ほっぺたに肉のつきやすいタイプで、あまり鋭い感じがない。ワタシはほっぺたに肉のついた男があまり好きではないので、余計に親父さんの方が良く見えるのかもしれない(笑)



ともあれ、トランボはいかなる逆風の時期にも、タバコとタイプを手放さず、脚本を書き続け、そして復権した。本作を見ていると、つくづくと才能が身を助けるのだな、と実感する。それと、どんなに安い娯楽映画でも、変な意地を張らずに生活に必要なら数をこなして仕事をし、同じく職を奪われた仲間の脚本家にも仕事を回し、彼らの脚本の手直しまで引き受けながらも、逆風に屈せず仕事を続けるという辛抱強さも重要なファクターであるだろう。
しかし、家族に加えて、何より彼を支えたのはその才能だったのは間違いない。ハリウッドを追放され、表舞台には立てないながら、他人に名義を貸した脚本と、偽名で書いた脚本がアカデミー賞を獲ってしまう。カーク・ダグラスやオットー・プレミンジャーがトランボに脚本を依頼したのは、不遇な脚本家に仕事を与えるためではなく、トランボの才能を見込んだからなのはいうまでもない。それゆえに弾圧をものともせず仕事を頼んだわけである。カーク・ダグラスの仕事をしている最中に、オットー・プレミンジャーの仕事依頼が舞い込み、トランボがクリスマス休暇を返上してプレミンジャーの仕事(「栄光への脱出」)をする羽目になるシーンも面白かった。

もし彼にそこまでの才能がなかったなら、職を奪われてB級映画の脚本を書いているうちに、いつしか筆がさびついて、あるいは気持ちが萎えて沈んでしまい、そのまま消えていった可能性もなくはないだろう。
だが、彼が偽名でもその才能を発揮できたのは脚本家という仕事ゆえだったかもしれない。トランボが1年の獄中生活を終えて出所したのち、仲間を売ったエドワード・G・ロビンソンのところへ嫌味を言いに行くシーンがある。自分の行為をなじるトランボにロビンソンは「仕事をしなければ生きていけない。君は偽名でも仕事ができるだろうが、僕はこの顔が商売道具だ。俳優は誰かに代わって演じてもらうわけにはいかないんだ!」と反論する。
トランボが、生き延びるために仕方なく裏切り者になったエドワード・G・ロビンソンの辛さを理解し、すべてを受容するラストのスピーチもじんわりして良かった。ロビンソンを演じたマイケル・スタールバーグも雰囲気が出ていたと思う。

トランボの妻にダイアン・レイン、長女役でエル・ファニングが出ていた。生活のために三文映画の脚本を書きまくる父親の手伝いで、出来上がった脚本をスタジオに届けさせられたり、原稿を清書させられたり、何かと手伝いを言いつけられる子供たち。16になった長女は時に反抗もする。自分の思想のせいで弾圧を受け、それまでの仕事も収入も取り上げられたトランボは不運ではあるが自分の蒔いた種とも言える。しかし家族は完全なトバッチリである。子供たちはさぞかし学校で肩身の狭い思いをしたことだろうし、どれだけ不愉快な目にあったか想像に余りあるけれども(そのへんは特に映画の中で語られていないけれども)、よく父親とともに辛抱したな、と思った。ダイアン・レインの妻も適役だったと思う。



*****
全体に、時代考証がよくされていて40年代から50年代の時代の空気感がよく出ていた映画だった。主演のブライアン・クランストンをはじめとしてキャスティングがどんぴしゃりだったし、何というか、平易な文体で書かれた、気持ちよく読める小説のような映画だった。リアルに知っているわけではないアメリカの40年代、50年代、60年代を追体験したような気分になれた。アメリカの黒歴史の時代を背景とした作品ながら、最終的には気持ちのよい仕上がりで、ハッピーな気分で席を立てるのもナイスだったと思う。

コメント

  • 2016/08/05 (Fri) 06:54

    kikiさん、おはようございます。
    5日間ほど伊勢/鳥羽/志摩に旅行に行って参りました。
    暑い毎日でしたが、海の幸を堪能して満喫した旅でした。

    さて、トランボ。
    この男の数奇な人生もまた、ハリウッドという巨大産業の中において、非常に皮肉的というか、まるで一本の映画の脚本のようです。
    わたくしはまだこの作品は観てはおりませんが、特集記事やTVで取り上げられたトランボの人生を知り、この映画に非常に惹きつけられました。
    まあ、わたくしもカーク・ダグラス好きですしね。(息子も多分に好きですし、オヤジの鉄杭を打ったような顎も昔から興味津々で観てた)スパルタカスって監督のキューブリックばかり情報的に得てたから、当時のイザコザなんて知らなかったし、トランボの存在や、もしかしたら「脚本」という仕事の意義というか意味さえ意識せず観ていたと思います。
    特にすでに原作ありきの脚本についてはあまり重要視してなかった感があります。
    あと、「ローマの休日」はてっきり白黒時代の映画、もしくは「あえて白黒」の映画だと勘違いしてたけど、なるほどそういった理由だったのねと、ハリウッドトリビア的謎が解けた感じが致しました。
    主演のブライアン・クランストンを初めて認識した映画は確か「アルゴ」だったと思うけど、トランボ観るまではこの役者さんのイメージとはかけ離れた役だなという印象です。
    トランボってなんなこうもっと親しみ易い家庭的なオジサン的な印象と、脚本家としての信念や知性を持ち合わせた難しいキャラクターだと思うんですが、CIAの部長みたいな役の印象があるブライアン・クランストンに演じられているのだろうか。
    それを確認するためにも作品を観る価値はありそう。

    • Sanctuary #V0sVL5lk
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    • 編集
  • 2016/08/06 (Sat) 12:55


    Sanctuaryさん こんにちは。
    お暑いざますねぇ。伊勢志摩に行って来られたとのこと、海が綺麗で、魚も美味しそう。よい旅ができて何よりでした。
    さて。
    ブライアン・クランストン、確かにトランボ本人よりは柔らかみはない感じもしますが、ワタシはクランストンというと、やはり「ブレイキング・バッド」が最も印象深いです。あのドラマは最後の方に行くと、段々怖い顔の怖い男になっていっちゃうのだけど、シーズン1などは本当に情けないダメ親父という感じで、それがよくハマっていたし、ワタシはブライアン・クランストンというと、「ブレイキング・バッド」初期の、あの情けない、悲哀に満ちたおとっつぁんの印象が強いので、特に違和感は無かったですね。この映画はクランストンだから見に行ったというのもあるのでね。

    昔のハリウッドは赤を弾圧し、やたらに融通のきかないお堅い検閲が跋扈して、夢の工場の裏側はなかなかにエグかったようですが(あの業界がエグいのは今も昔も変わらないのかもだけど)、国の政策の片棒をやすやすと担いで旗を振って回る人間と、弾圧や迫害に屈しない人間というのは、いつの時代にも存在しますわね。今の時代に、もしアメリカの映画業界で思想弾圧みたいなことが行われたら、案外、何があろうと敢然とそれに反旗をひるがえす製作者や俳優は沢山いそうな感じです。
    例えば、「グッドナイト&グッドラック」を作ったジョジクルなんかがあの時代にハリウッドで製作者兼俳優でいたとしたら、カーク・ダグラスと同じ事をしたんじゃないかな、と思いつつ見てましたわ。

  • 2016/08/07 (Sun) 15:05
    No title

    kikiさん、こんにちは。
    きっとこの作品はkikiさんはご覧になるんじゃないかしら…と思ってました。

    今のハリウッド界が共和党を毛嫌いしているのはいまだに赤狩りが影響しているのでは?と思います。当時はジョン・ウェインが先頭切ってこういう活動を行ってましたが、共和党支持者だったゲイリー・クーパーも公聴会で発言してるんですよね。もちろん、クーパーは表立って人を批判するようなことはしませんでしたが、周囲の人から公聴会になど出るべきではなかったと、後から諌められたそうです。
    確か、エリア・カザンも仲間を裏切ってしまい、後からアカデミー名誉賞をもらった時に、エド・ハリスがむっつりとして拍手もしていなかったのを覚えてます。
    赤狩りって、身を守るために仲間を裏切ってしまった人々にも暗い影を落としましたね。
    だからこそ、最後のトランボの「許す」スピーチは感動しました。

    そして、カーク・ダグラスは男前でしたね!あそこまで気概があるとは。「スパルタカス」は面白い作品でしたが、こんなエピソードがあったとは知りませんでした。確かに演じた俳優さん、似てましたね~。

  • 2016/08/07 (Sun) 22:43
    Re: No title

    mayumiさん お久しぶりー!
    ワタシもmayumiさんはきっとご覧になるわね、と思ってましたよ(笑)

    確かに、昔の赤狩りの影響は、やはり今でも何かしらの形でハリウッドに残っているんじゃないかという気はしますよね。共和党嫌いは、本当にそうかもしれませんね。

    そうそう、エリア・カザンは転向したんですよね。
    ゲイリー・クーパーとか、ジョン・ウェインとかは、単純にそれがお国の為だと信じていたんだろうけれども、この映画を見ていると、それまでイメージの良かった俳優がちょっとイメージダウンになるような感じもありますね。ロバート・テイラーが証言しているシーンとか、そんな印象でした。
    だから余計にカーク・ダグラスの反骨精神というか、男気っぷりが際立つ感じになってましたね。いまだ存命なのはカークぐらいだから、少し花をもたせた部分もあるのかな(笑)
    エドワード・G・ロビンソンとトランボの関わりは、どちらの気持ちもわかる感じで、何とも言えないものがありますが、ラストのスピーチはじわっと沁みましたね。

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