「京都人の密かな愉しみ Le Charme discret de les gens de kyoto」

-京都有情-
2015年 NHK BSプレミアム



このお正月のBSプレミアムは京都三昧という趣きがあったけれども、中でも番宣を見た時から愉しみにしていたのがドキュメンタリーとオムニバスドラマが一緒になったような、この「京都人の密かな愉しみ」だった。すかさず録画してじっくりと鑑賞。通り一遍の紹介ではない、ちょっと踏み込んだ京都、でも、そのディレッタンティズムが臭みを放つ前にさらりと漂わせてすっと引き上げる程の良さ、淡い情緒を漂わせたエンディングなど、全体に心憎かった。

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※なぜ今頃また?という感じでもありますが、この記事は2015年1月11日にUPしたものを再公開したものです。
先日、突如、JASRACより著作権侵害による削除申し立てがあったとかで元のアドレスでは記事が公開できなくなりました。記事の末尾に「京都慕情」の歌詞を入れたのが著作権侵害とみなされたようです。営利利用ではなし、無料・無許可でできる部分引用の範囲だと思ったのですが、2コーラス目をフルに載せたのが引っかかったと思われます。ともあれ、当ブログの人気記事の1つですし、ワタシも気に入っていますし、愛読してくださっている方や、コメントを下さった方に対しても非公開のままにはしてはおけないので、歌詞部分を全部削除して再投稿することにしました。いただいたコメントも再録してリンクしました。




「京都は美しい。…しかし、京都人は わからない」

京都をこよなく愛する英国人の文化人類学者エドワード・ヒースロー(団 時朗)を語り部に、京都に10年住んで、日本語も達者で京都文化を研究しているが、外国人で、結局はアウトサイダーである語り部の目を通して見た京都と京都人が様々な側面から語られる、という趣向。団 時朗が演じる、京都の大学で教鞭をとる英国人の大学教授を見ていたら、漠然とラフカディオ・ハーンが脳裏に浮かんで来た。ラフカディオ・ハーンよりは、ドナルド・キーンとかの方がありようが近いかもしれないけれども。




この教授は独身で、町家に下宿し、自ら買い物かごを下げて市場に買い物にも行く。団 時朗がウルトラマン以外で演技をしているのを初めて見た気がするけれども、長身でユーモラスでダンディな大学のセンセの役は、雰囲気が出ていて良かった。隣の大きな老舗菓子屋の若女将(常磐貴子)にちょっとホの字で、研究と称してひそかに付け回す様子は、害がないとはいえ、かなりのストーカー状態ではあったけれども…。


先生、それぢゃモロにストーカーですよ

京の町に9代続く老舗菓子舗の若女将(跡取りの一人娘)である三八子(みやこ)を演じるのは常磐貴子。ワタシ的にはあまり好きな女優ではなかったのだけど、今回、久々に見たら着物姿がよく似合って美しかったので、かなり見直した。着物姿は120%の美しさで、正面から見ても、横から見ても、後ろから見ても、完璧な姿だった。その着物姿にいい年増のしっとりとした色気が漂っていて、お見それしました、という気分になった。





その常磐貴子が演じる若女将が、未亡人の母親と守る暖簾は300年近く続く有職菓子肆。母親(銀粉蝶)は早く婿養子を迎えて安心したいのだが、三八子は一向に身を固める気がない…。

この和菓子屋の若女将をメインに、京都の老舗や由緒ある寺社仏閣の跡継ぎの人たちの、京都人であることの喜びと悩ましさ(生まれた家の呪縛を逃れて好きに生きるか、伝統を踏襲していくのか)が、秋から冬に向かう京都の美しい景色を背景にオムニバス形式のドラマで描かれ、合間合間に、京舞の井上八千代や、老舗のほうき屋の女将さんや、女性料理研究家などの生粋の京都人が登場し、インタビューに答えたり、京のおばんざいを作ったりする。要所要所でエドワード・ヒースロー(団 時朗)の語りをもって、京都人の習慣や作法などが紹介される。フィクションであるドラマ部分と「美の壷」が一緒になったような作りという感じか。


いかな京の老舗の主人だからって、毎日こんなにきちんと着物着て暮らしてるものだろうかしらん…


語り部ヒースローのセリフで特に印象的な部分を以下に抜き出してみた。

「この町(京都)は、暗黙のルールに精通した人々の人間関係で円滑に動く仕組みになっている」

「暗黙のルールを教えてくれる教科書はない。子供の頃から長い時間をかけて体得していくものだ」

「彼らは他人に難儀をかける(迷惑をかける)事を極端に忌み嫌う。京都という特別な町で生きるには、最も必要とされる資質だ」

「侵さず、侵されずの適度な連帯感、それが1200年前から都会人だった京都人が好むスマートさだ」


1200年前から都会人か…。確かにね。

京都に多い、イチゲンさんお断りという敷居の高さは何故存在するのかというと、この暗黙のルールで円滑に回っていくべき世界の秩序を守るためなのだ。いちいち説明するのは野暮でスマートではないからしたくない。ゆえに説明しなくても分かるようにならないと踏み込ませない世界があるというわけだ。



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ワタシは京都が大好きだが、自分は京都人にはなれないとつくづく思う。口とお腹が苦もなく別になってしまう…というか、本音をオブラートにくるんで、何食わぬ顔をして明後日の方角からやんわりと伝える、というのは、ストレートを身上とする東京っ子のワタシにはなかなか身に付かない資質であろうという気がする。やんわり、おんもらと伝えた方が優雅で結構だという事は重々分かっているのだけれど、これはなかなか難しゅうございますわ。はい。習慣として血の中に根付いていないとね。
ゆえに、京都人でない人間は、彼らのルールを侵さないように、遠くからそっと見守るのが正しいスタンスなのだろう。そう簡単に京都人にはなれない以上、距離を置いて静かに見守るのが非京都人が示せるせめてものスマートさであるのかもしれない。
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京都に関する都市伝説である「逆さ箒(ほうき)」や「ぶぶ漬けどないどす?」についての解説、考察も、作り手の京都愛がひしひしと滲んでいた気がした。

オムニバスドラマについては、由緒あるお寺の塔頭の一人娘に生まれちゃった女の子(中村ゆり)が、家業が分かると相手に引かれる為、はなから諦めていた恋愛を成就させるエピソードも微笑ましかったけれども、木造のものなら何でも洗う「洗い屋」という古都ならではの商売があり、その希少な稼業を継ぐのか、東京に出て就職するのかで迷う一人息子(林 遣都)のエピソードも良かった。老舗の洗い屋の当主である父親を演じるのは石橋 凌。へぇ〜、石橋 凌。職人のオヤジさん役にしっくりとハマっている。作業をする姿もそれっぽい雰囲気が出ていたし、仕事はプロだが横暴でもガンコでもない温かくて懐の深い父親をいい感じで演じていた。(かなりの儲け役である)妻役が余 貴美子というのもナイスだった。息子役の林 遣都も繊細な雰囲気が役に合っていて良かったと思う。
この息子が、客に洗いを依頼された桐箪笥の引き出しの下に秘められた、箪笥の持ち主だった故人の老婆の大昔の恋文を読んで、迷っていた心が固まる流れも、さりげにしみじみしていて、さもありなんという気がした。


洗い屋の親子 洗い屋さんって鎌倉には居ないのかしらん…


そして、秋サバが鰤になる頃、京都に冬が訪れる。ヒースロー先生は、下宿する町家の部屋に箱火鉢を置いて炭を活け、ゴトクの上に鉄瓶を乗せている。目の前には季節の鰤大根。日本人より日本人だねぇ。いや、日本人じゃなく、京都人、と言わねばならぬわね(笑)


鰤大根できゅっと一杯 先生、こなれてますわね

ヒースロー先生が密かに憧れ、折に触れてつけ回していた老舗菓子屋の若女将、三八子(みやこ)にもひそかな想い人が居たことがラストで判明するのだが…彼女の想いは成就するのかどうなのか…ということで、あまた古刹のある京都で、よく登場する手あかのついた有名どころでない神社仏閣をロケ地に使い、京都人のルール、京都人の好むもの、京都人の習慣、京都人のため息、京都人の愉しみなどを、選び抜いたロケ地の美しい景色の中で、嫌味なくさらりと表現することに成功した、味わい深いドラマ/ドキュメンタリーだった。



脚本/演出は源 孝志。この人は江國香織の「東京タワー」の映画化作品の監督と共同脚本をやった人だが、映画の「東京タワー」はなんだかなぁ…という感じの映画でよく覚えていない。が、今回の「京都人の密かな愉しみ」は非常に素敵な作品だったと思う。全てにおいて程が良く、京都愛に溢れ、美しい印象が残った。



京都は美しい。…しかし、京都人は わからない。

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