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王者の憂鬱、暴れん坊の純情 1

−ジョコビッチとキリオス それぞれの秋とそれぞれの明日 その1−



今月初め、テニスの上海マスターズをチェックしていて、興味深い人物が二人、興味深い事態に陥る事になった。
なかなか燃え尽きから復活できないNo.1のジョコビッチと、お騒がせな問題児、ニック・キリオスである。
テニスはゲーム自体も面白いのだが、プレーヤーの人生模様や精神状態がコート上の姿に如実に絡んでくるので、なお一層、見ていて面白いスポーツである。


ワタシは今年、ふとした事からテニスへの興味が再燃して(以前、テニスをよく見ていたのは90年代だった)、以降、テニス熱が久々に盛り上がっているのだけれど、いわゆるBIG4がテニス界を席巻していた時期はテニスに興味が向かなかったので、フェデラーの全盛期もナダルの全盛期も、ジョコの一人勝ちの時期も、たまにちらっと見る程度で、ほぼスルーだった。彼らの凋落が始まった時期に再びテニスに興味が湧いてきたのは偶然か必然か自分でもわからないのだけど、ジョコビッチについては、明らかに今年の全仏以降、燃え尽きを起こして、鬼のように強い無敵の状態でなくなってから、人としての彼に少し関心を持つようになったと思う。

ジョコビッチというと、何かいつも目をむいて試合をしていて、「何がどうでも勝たねばならない」という余裕のない、あまりにも必死なまでに頑張った感じがワタシはどうも苦手だった。そこにはもちろん、セルビアという国に生まれたというバックグラウンドが影響しているのだろうけれど、それにしてもなぁ…と思っていた。

あまり好きではなく、関心もなかったジョコビッチにふと目が行ったのは、やはりこの夏の五輪で初戦敗退、というニュースを聞いてからだと思う。五輪の前に、ウインブルドンでも早い段階で負けていたので、五輪でも初戦敗退というのは何か常ならぬことが起きているという気配がした。

おまけに泣きながらコートを去ったというので、デルポトロがどんな具合にジョコビッチに勝ったのかも見たくて、オリンピック動画でその試合をチェックした。二人は互いに自分のサービスゲームをキープしつつも、相手のゲームをブレークできずに、1セット目も2セット目もタイブレークで勝負がつく、という試合だった。内容からすると互角なのだが、ジョコビッチがかなり押されているように感じたのは、けっこうミスショットがあったし、何より、蘇ったデルポの”マイティ”フォアハンドに相当押し込まれていた様子があったからかもしれない。



そして、試合が終わると二人はネットを挟んでハグし、ジョコビッチが何かデルポに言うと、デルポがう〜!とこみ上げてくるものを必死にこらえている様子が見えた。ジョコビッチがとても心に響く事を言ってくれたんだ、とあとでデルポは語った。
そしてジョコビッチは涙しつつコートを去ったのだが、この涙は負けたからではなく、実は五輪の前から少し手首を痛めて本調子ではなくなっていたジョコビッチは、手首が思うようにならないというのはこんなにしんどい事なのか、ということを初めて体験し、噛み締めていた折から、その手首を何度も故障し、そのたびに手術とリハビリのためにトータルで3年もシーズンを棒に振ってきたデルポの苦難とその心情が身にしみてわかったゆえの涙だったらしい。



しかし、ジョコビッチの無敗無敵のNo.1ぶりに翳りが出てきたのは、この手首の故障のせいではなく、今年(2016年)の6月初めに悲願の全仏オープンに優勝して生涯グランドスラムを達成してしまったあとに起こった心の空洞、いわゆる燃え尽き症候群の方がヘビーな要因だったのだろう。

功成り名遂げた者が、もう征服すべきものがなくなり、望むものを全て手に入れたあとでどんな心境に陥るものなのかは、その立場になってみなくては分からないので想像するのみだが、刻苦勉励して全ての目標を達成し、山の頂点で一瞬の満足感、達成感、頂上からの眺めを独り占めするという至福の時を味わっても、そのすぐあとに茫漠とした虚無が訪れるとは、人間とはなんと因果な生き物なのかと思う。まだ人生は続くのに、これから何を目指して進めばいいのか、何にエネルギーを燃やしていったらいいのか、まだ引退する年でもないテニスに対して、どんな情熱で向き合っていけばいいのか…。

いまのジョコビッチの気持ちが一番理解できるのは、もしかするとボルグなのかもしれない。彼は18歳で全仏を獲って頂点に駆け上がり、21歳でNo.1になった。それから4年余りTOPの座を維持したが、全仏6勝、ウインブルドン5連覇を成し遂げたあとで燃え尽きに見舞われた。
彼にかわってマッケンローがNo.1になる頃には、テニスの勝ち負けなどはどうでもよくなったボルグはテニスから離れたくてウズウズするようになっていた…。
今年のジョコは全米オープン後、約ひと月テニスを離れて休養し、上海マスターズで復帰したけれども、ボルグの場合は81年の全米決勝でマッケンローに敗れた後、3ヶ月もトーナメントに戻らなかった。マッケンローに敗れても少しも悔しさが湧き上がってこなかったボルグは、自分の中で何かが終わったのを認識したという。テニスを完全に離れて、ラケットを見ないで過ごした3ヶ月間で、素晴らしい解放感も感じたのだろう。その後、試合に出たり出なかったりの半引退状態を2年ほど続けて、1983年、ボルグは26歳で正式に引退を表明した。



ジョコビッチはまだ引退はしないのだろうが、上海マスターズでは復活はならず、まだまだ彼の内面のストラッグルが続くであろう事が明らかになった。休養期間に故郷のセルビアに帰ったりして自分を見つめ直し、新たなマインドセットができたという事で上海に乗り込んだが、準々決勝あたりから勝ち上がりがスムーズでなくなり、準決勝でバウティスタ=アグートに敗れた。アグートのプレーがとても良かったという事とともに、ジョコにはかつての彼からは想像できない、唖然とするようなミスショットが散見され、思うようにボールを操れないイライラからか、ラケットを叩き壊したり、ウェアの胸元を破いたりというエキセントリックな行動を見せた。



この、ウェアの胸元を破くというのは全米でもやっていた気がするが、イライラすると息苦しくなるのだろうか。ユニクロ関係者もハラハラしたにちがいない。いずれにしても、悟ったような事を言いつつ乗り込んだ上海で、彼は内面の泥沼を世間に晒してしまったことになる。無理もないことで、ひと月休んだぐらいでは、そうそう新たな指針など見つけられるわけもない。きっと、もっともっと時間が必要なのだ。何もしない休息が。

長くTOPを維持していたが、故障も手伝って、年齢に従い下り坂になってはいるものの、ロジャー・フェデラーはジョコやボルグのような燃え尽きに襲われたりしていないように見える。頂点を極めても燃え尽きに襲われない人と、燃え尽きてしまう人がいるのは何故なのか、興味深いので、ちょっと勝手な想像をしてみるに、フェデラーは本当に、心底テニスが好き、トーナメントに出て人前でテニスをすることが理屈ぬきに好き、という人なのではないかと思う。心底好きなので、テニスをしている事が自分にとって一番自然な事なのだ、と思っているから燃え尽きないのではなかろうか。自分の体が万全な状態になりさえすれば、状況のゆるす限り何年でもトーナメントに出続けていたいと思っている節が見える。
考えると、それも何やら怪物的な心理ではある…。

ボルグにしてもジョコにしても、テニスはもちろん好きなのだろうが、三度の飯より好き、世の中の何よりも好き、というほどではなく、どちらかといえば、自分に与えられた才能で効率よく金を稼ぐための手段としてテニスを選び、ひとたび頂点に立つと、その王座を維持するために、並ならぬ努力と集中力を傾けて勝ち続けてはきたものの、彼らも人の子ゆえ、そんな尋常ならざる努力と張り詰めた精神状態をそう何年も続けていくことは必然的にできなくなるのだ。まだ目標が途上なら、制覇していない目標に向かって突き進んでいくことでモチベーションを保つことはできるのだろうが、もう欲しいタイトルも特になく、どうしても勝てない相手もいない、金だって生涯かけても使い切れないほど稼いでしまった、という状況の中で、何が悲しくて朝から晩まで365日、テニスの事だけ考え、テニスばかりしていなくてはならぬのだろうか…とふと考えてしまうと、もう元の状態には戻れなくなってしまうのだろう。結局のところ、テニスによって手に入れたいものを何もかも手に入れてしまったのに、まだテニスを続けるとすれば、その情熱の源をどこに求めればいいのか分からない、という事なのだと思う。それだけ、No.1を維持するという事は人間業ではないような努力と修練と精神力を必要とするのだろう。

ラケットを見るのも嫌になったボルグは26歳の若さで現役を引退し、事業を始めるという方向に舵を切った。来年30歳になるジョコビッチはどこに向けて舵を切るのだろうか。まだテニスを続けるのか、それとも引退して全く新しい道を歩きだすのか…。
金も名声もタイトルも、全てを手に入れたあとに襲われたブラックホールのような虚無とどう向き合っていくのか、2017年も続くであろうジョコビッチの”The long and winding road”の行く末を、静かに見守ろうと思う。

(けっこう長い記事になったので、分割してキリオス編は次回)

コメント

  • 2016/10/26 (Wed) 21:44
    No title

    kikiさん、こんにちは。
    ずいぶんご無沙汰していましたが覚えていらっしゃるでしょうか。
    昨年4月に帰国して早1年半、東京の生活スピードに慣れるとロシア暮らしが遙か昔のことのようですが、kikiさんのブログは引き続き楽しませていただいておりましたよ~。

    最近のkikiさんがテニス話で盛り上がっているのを読み、小~中学生の頃に当時の東京12チャンネルで週末だったか夜中にやっていたテニス番組をよく見ていたのを思い出しました。当時の中心選手は男子がマッケンロ-、レンドル、コナ-ズ、女子がナブラチロワにモデル容姿のクリス・エバ-ト。レンドルやナブラチロワ(二人ともチェコ出身ですね)は強いけどなんだか冷たい機械のように思えて、もっぱら他の選手たちを応援してました。でもボルグはあまり覚えていないんですよ。もうさほど出ていなかったのかな。

    今年の夏は旧ユーゴの国々をまわったのですが、セルビアのベオグラードでは、ジョコヴィッチと家族(といっても本人は住んでいませんが)が経営するカフェレストランでお茶したり、1999年のNATO空爆で破壊され、半壊のまま放置されている建物を見てきました。当時子供時代のジョコも不自由な避難生活をしていたようですが、kikiさんのおっしゃるように、テニスが好きだということ以上に、子供ながら平和で安定した生活のための手段としてのテニスという意識が彼の中にあったのではないかなと思います。
    ちなみに彼のレストランでは、4大大会を含む数々の大会の優勝カップや写真が壁一面に展示されていて、一番新しい陳列品は今年のローランギャロスでのカップとラケット。個人的には、まだまだ彼の続きのストーリーが見たいです。

  • 2016/10/28 (Fri) 20:22
    Re: No title

    annaさん もちろん覚えてますよ。お久しぶりですねー。
    ずっと読んでてくださってありがとうございます。

    ワタシもマッケンローやボルグは子供の頃のおぼろげな記憶しかないのですが、マッケンローはけっこう長く現役を続けていたので覚えていても不思議じゃないけど、ボルグについては、なんで覚えていたのかというと、ウインブルドンを連覇していた全盛期のあと、もう半引退状態になった時期に、セイコー・スーパーテニスあたりで日本に来てプレイしてたのをTV中継で見たんだな、と最近、気づきました。82年とか83年ごろの話だと思います。レンドルは、そんなのいたなぁなんて漠然と覚えていたけど試合はあまり見てなかったのか記憶がないですね。ワタシは90年代の選手をわりに覚えていて、イワニセビッチやアガシやサンプラス、ついでにマイケル・チャンのあたりはけっこうテニスを見てましたわ。

    夏に旧ユーゴを旅行されたんですねー。通な感じですねぇ。ふほほ。素敵。
    ジョコのご両親がレストランを経営してるというのは何かで読みましたが、そういう、いかにもな感じでやってるんですね(笑)ジョコが子供の頃にそういう経験をしているというのは聞いてましたが、少年時代に刻まれた、そういう記憶が、その後の生き方や人生観に大きく影響を与えていることは確かなんでしょうね。

    彼が来年、復活できるのかどうか誰にも分かりませんが(きっと本人にさえも)、燃え尽きてしまったモチベーションを立て直すことができるのか、それとも新たな見解でトーナメントに臨めるのか、又は、全く違う方向に向かうのか、いずれにしても興味深く見守りたいと思っています。

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