王者の憂鬱、暴れん坊の純情 2

−ジョコビッチとキリオス それぞれの秋とそれぞれの明日 その2−



前回は王者ジョコビッチの憂鬱について書いたところで、そのままキリオスについての部分を続けてしまうと記事が長くなりすぎるため分割し、前編はジョコビッチ編、後編はキリオス編という事にした。今回はそのキリオス編。

問題児、風雲児と言われ、とにかく困ったちゃんな暴れん坊のニック・キリオスについては、今年、久々にテニスに関心が向いてからチェックするようになった選手である。気が乗らないと周囲の大人が目を剥くような言動に走ったりもするが、今年の東京の楽天オープンを見ていて感じたのは、彼がゲンナリしていない時は、周囲に気も使うし、けっこういい奴じゃないの、ということだ。つまり、根っこは腐っていないのである。彼は問題児というよりも、自分の感情にウルトラ素直で、よく言えば、陰湿で姑息な裏表がない性格なのだ、ということもできると思う。早く言えば世渡り下手である。自分に嘘がつけないのだ。好きなものはすごく好きだし、嫌なものは我慢できないほど嫌なのである。その爽快なまでのストレートっぷりが、なんだかワタシは気に入った。表面だけ取り繕って陰で腹黒いような小賢しい奴よりよっぽどマシだと思う。まぁ、よくない状態の時の彼に振り回される関係者はたまったもんじゃないだろうけれど(笑)



テニスファンじゃない人に向けて説明すると、彼が今年の上海マスターズ2回戦で起こした問題というのは、キリオスが終始、試合を放棄するような投げやりな態度でプレーし、それを注意した審判に食ってかかり、彼の態度にブーイングを浴びせた観客と口論になった、というもので、ATPは彼に罰金を課し、さらに3ヶ月の出場停止処分を下したが、これはATPが薦めるカウンセリングを受ければひと月に短縮できる、というような、一応ポーズとして罰則を科すけど、言うことを聞けば無問題だよ、と言っているような腑抜けたもので、しかも、処分はフルに受けても来年1月の全豪の前に解けるし、罰金だって何千万も稼いでいる人間が400万程度の罰金で凹むわけもない。年内の残りのトーナメントでキリオスが出場を予定していたのはバーゼルのスイス・インドアだけだったので、特に大きな実害もなく、トーナメントが多すぎ、テニスのシーズンがあまりにも長すぎることに不満を覚えていたキリオスにとっては、いい休養期間にしかならないというのが実際のところなので、罰則の体を装って休暇を与えたようなものである。素質はあるんだから、少し頭を冷やしなさい、ということかどうなのか…。
協会をあげて売り出し中のNext Genの筆頭格であるキリオスなので、お灸は据えたいが、ねじくれられても困る、というような痛し痒しの様子が伺われてちょっと可笑しい。

しかしワタシは、東京の楽天オープンでの彼の試合をWOWOWで見ていて、その翌週GAORAで上海マスターズの様子を見た時に、何故キリオスがうんざりしたのか分かる気がした。大きかったのは東京と上海の落差だと思う。東京ではセンターコートで、少ない時でも6割は客が入り、準々決勝以降は満員の観客の前で張り切ってプレイし、あまつさえ、準決勝では大好きな先輩モンフィスとこの上なく充実した気分で打ち合い、大観衆を湧かせ、自分も楽しく、しかも勝つことができ、続くゴファンとの決勝でも逆転勝利を収めてATP500カテゴリのトーナメントで初優勝を飾り、最高の形で東京を終了していた。


大好きなモンフィスと試合後にハッピーなハグを交わした

キリオスが日本が大好きだというのは多分、社交辞令でなく本当なのだろう。日本も好きだし、日本の食べ物も大好きらしい。彼は東京ではバッドボーイではなく、終始、目上の選手にはコイントスを譲り、主催者側の要請を快く引き受けてキッズテニスのイベントやサイン会を機嫌よくこなし、最初の試合こそは集中力を欠いていたけれども、暑さで階段から転げ落ちて怪我をした観客のために水のボトルを投げてやったりする気遣いを見せ、2回戦は1つ不戦勝で楽をしたという事もあるが、続く準々決勝のミュラー戦は観客へのサービスを随所に意識したプレーを見せ、準決勝のモンフィス戦、決勝のゴファン戦は集中して、とてもいい試合をしていたし、試合中に相手のいいプレーを讃えるというスポーツマンシップも披露していた。キリオスの悪童っぷりは、もう過去の事のようにアナウンサーも語り、みなそう思っていた矢先、彼は上海でブチ切れてしまった。彼としては上海は余計なトーナメントで、もうほとほと疲れていたし、東京で気分よく優勝したから、そのまま国に帰りたかったのだと思う。上海は多分、猛烈にかったるかったのである。

出たくないなら、具合が悪いとかどこかが痛いとか言って棄権してしまえば良かったのだと思うが、彼は何故かそうせず、一応、TOP選手の義務だからということでマスターズに出たのかもしれないが、無気力試合をするぐらいなら、腕が痛いから休む、といって休んだ方がマシだったと思う。しかしまぁ、器用に表面を取り繕う事ができない、あるいはそういう事が嫌いなキリオスなので、スマートに上海をパスせず、一応出たものの試合を投げ棄てているとしか思えない行為、行動に終始し、問題を起こしてしまったわけである。

何故、やる気をなくしたかといえば、対戦相手のミーシャ・ズベレフに興味がなかったという事もあるだろうし(大体、”ミーシャ”って顔なのか)、2回戦あたりなので、小さな脇のコートで試合が組まれ、客の入りもさして良くない状況だった事が大きいだろう。今年初めてGAORAで上海マスターズの中継を録画して見て驚いたのだが、準決勝や決勝になるまでは、ジョコビッチの試合ですら、2回戦だと会場はかなりのガラガラっぷりなのである。平日の昼間だから無理もないといえば無理もないのだが、こんなにガラガラしてたらやる気せんわな、と思えるほどにガラガラの様子を見て、こんなんでキリオスは大丈夫かねぇ、とふと思ったのだが、やはり悪い予感は当たってしまったようだ。

例えばラオニッチがキリオスなら、足が痛いプリテンドでもして、土壇場でさっさと棄権し、誰にも何も言われずに上海を去っただろう。でも、ワタシはそういう立ち回りをしない、あるいはできないキリオスの不器用でまっすぐなところが、その並ならぬ運動センスとともに好きである。その苦労知らずなまっすぐさというのは、才能に恵まれて、特に苦労しないでスイスイとランキングを上げてきた彼ならではの、撓められない自我である。彼の根っこがまっとうで歪んでいないと思うのは、行動の端々にそういう気配が折々滲み出ているからで、それは家族と仲がよく、親に愛されて育っていることが大きいのではないかと思う。広大で安定したオーストラリアで生まれて育ったという事もあるかもしれない。逆に才能ゆえにスポイルされてワガママ放題に育ってしまったという部分もあるのかもしれないけれども…。
生まれた国を捨てて一家で別の国に移住し、テニスで栄達するためにあれこれ計算しながら頑張っている、という感じのラオニッチとキリオスとはバックボーンが違うのである。ワタシは、ラオニッチには、どこかジョコビッチに通じる空気を感じる。それは、テニスで必死に人生を切り開こうとする「セルビア・モンテネグロ族」の空気感である。

キリオスは、ちょっと真面目にやればすぐにTOP10、TOP5に入れるだろう才能を空費させつつも、しかし、業界の大人たちが、小癪に思いつつどうしても期待せずにはいられないまばゆい輝きを放つ問題児である。だから、ATPも一応の罰則を出してもなんだか形ばかりの手ぬるいものになるのだろう。当初、カウンセリングを受けて出場停止期間を短縮させる方向にキリオスが向っている、という報道があったが、ワタシは何だか釈然としないものを感じていた。よってたかって謝らせられて、協会の連中のいうなりにカウンセリングなんか受けるぐらいなら、最初から放棄試合なんかしなければいいのに、しょうもない、と思った。しかし、それは誤報で、キリオスはカウンセリングなど受けるつもりはない事が明らかになった。今はひょんな事から手に入れた休暇を思う存分楽しんでいるようだ。それでこそキリオスである。まぁ、さして入っていなくても金を払って試合を見に来ている客がいる以上は、プロとしてちゃんとした試合を見せる義務はあったわけだが、いくらプロでも、どうしても気乗りがしないトーナメントもあるだろうし、こう大会が多くては、そうそう毎度頑張れないという事も実際問題としてあるだろう。キリオスには、出たくない大会をもっとスマートにスキップする技を覚えてほしいものだな、と思っていると、キリオスが、来年は出場する大会数をもっと減らす、というコメントを出した。そうそう。それがいい。そうしなさい。

確かに1月からスタートして10月の終わり、選手によっては11月まで試合があって、やたらに長くて移動が多くて、大会と大会の間が短く、本当に休んでいる暇がないのがプロテニス選手である。少し数を絞って、出ることに決めた大会には気合を入れた試合を見せる、という方が誰にとってもいい事だろう。
余談だが錦織だって、もうちょっと出る大会数を減らした方がいいのではないかという気がするのだ。無理が降り積もると、この前のように予期せぬところで体が悲鳴をあげてしまうのだろうから…。

キリオスには、小器用に立ち回らなくていいから、少なくとも詰まらない問題を起こさないようにだけして、その素晴らしいテニスセンスを100%出したら、どこまで行かれるものか見せてほしいと思う。来年あたりは本当に、グランドスラムを獲る可能性も高い気がする。
それに、こういう「悪童」はいい大人の年齢になると、案外、酸いも甘いも嚙み分けたナイスな大人になったりもするものなので、長い目で成長を見守る必要があると思う。あたかも元祖「悪童」のマッケンローが、今じゃすっかり業界のご意見番になっているように。
ならばキリオスもどこかで一度マッケンローにあやかって、”You cannot be serious ! ” と審判に向かってかましてみるのも面白いかもしれないが、…いや、だめだめ。問題行動は控えませんとね。いちいち物議を醸しても面倒くさいし(笑)

彼が一番好きなスポーツはバスケらしい。14歳ごろまではテニスとバスケを並行して行っていたが、母親にどちらかに決めなさい、と言われて、自分で考えてテニスを選んだという。バスケは好きだが、テニスほどの将来性はなさそうだ、と自分で見極めたという事なのだろうか。テニスよりもバスケにより才能があれば、間違いなくそっちへ行っていただろうので、テニスを選んだということはそういう事なのだと思うが、遂げられなかった思いはそれだけに、余計にいつまでも彼の中で燻っているのかもしれない。

そんなわけで、彼は来年、謹慎明けに出場予定だった大会を欠場して、NBAの招待を受け、同時期に開催される、有名人がプレーするイベントに参加する事に決めたらしい。この際、開き直ってやりたいようにする、という感じだろうか。しかしまぁ、それで息抜きがうまくできれば、その後のトーナメントに集中できるというならそれもよし、である。ただ周りが甘い顔をして何をやっても許してくれるのは、その有り余る才能と若さゆえなのだという事も忘れてはならないだろう。何年か先、25、6ぐらいになっても、ランキングはさして上がらず、まだ時折問題行動を起こしていたら、周囲がだんだん許してくれなくなるに違いない。キリオスも「彼は素直なだけなんだ」といって周囲がわがままを容認してくれる状況がいつまでも続かないという事に気付かないほど愚かではないと思うが、そこの潮時を見誤らないように、年々少しづつ、しかし着実に、大人になっていってほしいものである。



何よりも、ワタシはまた来年も、さ来年も、楽天オープンで屈託なく伸び伸びとプレーするキリオスの姿を見たいのだ。東京での彼は、本当にリラックスして、芯から楽しそうで、いいプレーをしていたし、かわいいところもあったし、いい奴だったと思う。試合を見ている方も楽しかった。それに、あまりチンマリと型にはまったおとなしいイイ子ばかりでも詰まるまい。マッケンローやコナーズの昔から、テニスツアーは少数の「悪童」を必要としているのである。

彼には、できるだけウンザリしないように自分をマネージメントして、うまく大会を選び、適宜息抜きしながらも、この先、テニスをやめずに頑張っていってほしいものだと思う。そして、困ったちゃんの悪童が、どこまで自分流を押し通した状態で、「そんなこたぁどうでもいい」という顔をしながらランキングを上げていかれるものなのかを、我々に見せてほしいと思う。

コメント

  • 2016/11/02 (Wed) 11:39

    テニスネタが続いていますね。(^-^)
    キリオス、キリオス…キリオス。
    ああ、あの太いモヒカンしてた人か!悪童。いや、プレイやパーソナリティまでは存じ上げてませんでした。
    しかし、190cm以上のビッグサーバーで、まだ21才なんて!
    ジョコが最近、「俺以外の何人かがランク下げて若手が台頭してきてるけど、フェデラーやナダルはまだ俺の中でBIG4」なんて言ってましたが、キリオスはジョコの言う若手の台頭の中に入ってるのかしら?

    フットボールなど、言っちゃ悪いがワーキングクラスのスポーツ(ヨーロッパにおいて)ならば悪童はいっぱいいますし、接触プレイのスポーツだから仕方がないけど、クリケットやテニスって一応(イギリスでは)アッパークラスのスポーツだから、アナーキーかつバイオレントな選手は目立ちますし、モラルやルールで縛られて自暴自棄になったり、ヒステリー起こしたりしてすぐにバッシングされますよね。
    そういうのをひっくるめて鑑賞出来るテニスファンならば、そのノーティーな振る舞いも楽しめるでしょうけど、アッパーな世界には必ず保守的で秩序重視な人が目を光らせているし、「ヤンキー(マッケンロー)がまたほざいてる。オージーの田舎者(キリオス)め」と、地元紙などでは異端児扱いどころか、下手するとそのスポーツ自体を汚す者としての悪者キャラに仕立て上げられちゃう。

    ところで、数年前にある男子シングルの大きな大会の決勝で、ある選手が第2セットの第7ゲームを落としたところで広告板を蹴り、それが線審のすねに当たって出血したことがありましたね。
    暴言や暴力の代わりに物に当たるという所業はスポーツでは良くあることかもしれません。テニスプレーヤーなんかはラケットをしょっ中壊してる。
    アレは頂けませんな。
    物に当たるのはかなりいけない。ましてや自分の商売道具に怒りをぶつけるなんてことはプロとして教育的にも良くないです。
    わたしはまだ暴言の方が良いように見えるけど…まあ…言葉によりけりなのかな。

    • Sanctuary #V0sVL5lk
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  • 2016/11/08 (Tue) 23:06

    Sanctuaryさん こんばんは。
    超遅レスですみませぬ。旅行に行ったりしていたもので、失礼つかまつり。

    さて。キリオスね。結局はATPの「刑期短縮策」を受け入れて試合出場停止期間を短くするようですが、年明けに出たい大会でもあるのかもですね。
    キリオスが、なんでバスケと並行してテニスをやっていたのか、そして最終的にはテニスを選んだのか摩訶不思議ではありますね。バスケの方が似合ってるし、本人も好きなんだからそっちにしとけばよさそうなもんだけど。
    キリオスも今回の件で、相当あちこちから叩かれてなんだかんだと言われてますが、本人はほざかしとけって感じじゃないかしらん。ワタシは結構面白がってますね。こういう異端児も居ていいと思います。テニスも多様性を認める世界にならぬとね(笑)それに、どうかするとスベレフ弟の方が癇癪持ちというか、試合中にうまくいかない時の悔しがりようは見ている方が唖然とするぐらいなヒステリー爆発ぶりだったりするので(ラケット叩き壊し系)、あれもそのうち何か問題起こすかもですね。キリオスは段々、大人になっていくんじゃないかしら。

    テニスがアッパークラスのスポーツだと言っても、欧州の選手は貧乏ヨーロッパ系の国から出てきてる選手の方が多いですわね。UK出身でNo1になったのは、今回のマレーが今の制度になってから初だというんだから、頭の固い連中が格式ばって偉そうな事言うけど、これまでずっと大した選手は出てきてなかったんですわね。フランスにしても同様って感じかな。フランスといえば、身びいきの激しいのにはほとほと呆れるというか、ゲンナリしますね。自国の選手への過剰なまでの応援と対戦相手へのブーイングみたいなのはね。まるで日本の近所のC国やK国並みで、品がないからおやめなさい、と言いたくなる感じ。でも、そのフランスのパリでテニスのメジャーな大会が2つも開催されるのが厄介なところざんすわ。
    観客のマナーとか、フェアな観戦態度とかをもうちょっと浸透させてほしいもんだと思います。…まぁ、そう思っても無駄なんだろうけど。

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