「動く標的」(HARPER)

−たとえどんなにしがなくとも−
1966年 米 ジャック・スマイト監督



ハードボイルド探偵物が大好きなワタクシ。この有名な作品も、以前にTV放映された時に見かけた事はあったのだけど、冒頭のニューマンの、あまりにも型にはまった、というか作りすぎた「しけた無頼な探偵」ポーズに些かゲンナリし、続きを見るのをやめてしまった。これは多分に、ワタシがあまりポール・ニューマンを好きではなかったからだろうと思う。
しかし、今回WOWOWオンデマンドで、ふと興味が湧いて、初めて最後まで鑑賞してみて、筋立てなどはともかくも全編に流れる空気感がレトロなハードボイルド探偵物として、とてもいい空気感だなと感じた。雰囲気映画として、いい味わいだった。ジョニー・マンデルの音楽も映画のムードによく合っていた。




ロス・マクドナルドの原作は未読。主人公の探偵の名前がルー・アーチャーから、映画化にあたってルー・ハーパーに変更になったというのは何かで読んで知っていた。いずれにしても原作を読んでいないので、探偵の名前には特に思い入れはない。が、これだけは間違いなく言えるのは、舞台がカリフォルニア−ロサンゼルスであるというところが映画全体の雰囲気に趣を添えていると思う。マーロウ物も同じくカリフォルニアが舞台なのだが、陽が照りつけて、乾いた埃っぽい空気の中でヤシの木が葉を揺らし、スペイン風の建物が通りを彩るロスの風景は、独特のムードがあり、そこはかとない異国情緒があり、金持ちがその大邸宅の内側に秘密を隠している、という状況にピッタリなのである。



ロス・マクドナルドは、ハードボイルド探偵物の先達である、ダシール・ハメットやレイモンド・チャンドラーの後継者として、彼らのスタイルを踏襲する作品を送り出したようだが、そういう気配は映画の中でも感じられる。

主人公ハーパーは、家賃も払っていけているのかどうか危うい状態の探偵事務所を開いている。元は検事局に勤めていた堅気だったが、何かで辞めて私立探偵というヤクザな稼業に入った。(この、元は検事局にいた、という経歴もマーロウと同様だ)

その日も、あまり気乗りはしないながらも、仕事をしなければおまんまの食い上げなので、車を駆って依頼人の元に向かう。このハーパーの車が、ポルシェのカブリオレ(多分)で、丸みを帯びた小型のボディは、やたらにバカでかく無駄に長いアメリカ車と対照的だが、60年代のハリウッド映画でわりによく見かける。きっと当時のアメリカでヒットしていたのだろう。でも、この車は実にカッコいい。こういう車で海沿いの道を走ったら本当に気持ちいいだろうな、と思う。ハーパーの車は片側だけ部分的に塗装が剥げている、というのがシケた探偵の車としてあざとい演出である。



依頼人はロス郊外の大邸宅に住む、大金持ちの妻だ。彼女の依頼で、失踪した富豪の行方を探すことになるハーパーだが、富豪の家の中に渦巻く複雑な人間関係が彼を取り巻いていく…という感じのお話。話の筋は実に他愛がない。筋などあれどもなきがごとし、と言うほどではないが、サスペンスとしては他愛ないといえるだろう。
この映画は、常にお天道さまを眩しがっている感じに目を細めたポール・ニューマンのカッコつけっぷり、というか、しがないけれども自分なりに続ける理由があって続けている探偵稼業に自嘲と微かな自負を抱いている、その屈折した男のポーズを眺めるための映画である。タフで皮肉屋なハーパーだが、別居中の女房に未練たらたらな様子もかわいいといえば可愛い。そういう男の可愛らしさというのは、こっちもある程度大人にならないと見えてこないものらしい。

ややヒステリックなハーパーの別居中の女房を演じるのはジャネット・リー。夫よりやや年上っぽい感じはするものの、ハマり役だった。この人はいつの時代でも細身でスタイルがいい。そして演技力も確かだ。
この映画でも、早く別れてスッキリしたいのに、なんだかんだと離婚の手続きを先延ばしにする私立探偵の夫にイライラしている感じがよく出ていた。男は弱った時に帰れる港として妻の存在を失いたくない。一方で、女は早く失敗の結婚にけりをつけて、新しい人生を生き直したいのである。しかし、もうコリゴリだと思っていても、手傷を負った男が夜中に頼ってくると情をかけずにはいられない。そして翌朝、鼻歌まじりで朝食にハムエッグを焼いたりするが、男が結局はどうしても変われない事に気づくのである。



映画の序盤では、彼女はなぜ亭主に見切りをつけたのかという点がよく分からないのだが、つまりは明日をもしれず、時間も不規則なしがない探偵稼業をやめようとしないことに対して、ついていけないと思ってしまったわけなのだな、とこのシーンで察せられるわけである。因果なことにどうしても妻の願うような男に変われないハーパーは黙って出ていき、妻はいそいそと焼いていた目玉焼きの黄身をプツプツと潰す。

依頼人の大富豪の妻にローレン・バコール。これはもう、バコールでなければなるまい、というぐらいなハマり役だった。役としては重要なんだかそうでもないんだか、彩り程度で、中年女優なら誰が演じてもいいような役ではあるけれども、大した事のない役をバコールが演じることによってキャラが非常に印象深くなった、という感じだろうか。この富豪の夫人が、常に彼女に付き従っている使用人の男と何かありそうなのも、ふふふ、という感じである。
事故で下半身付随になったという設定ながら、些かも悲観した様子がない。悠々と日焼けマシンを使いながら、探偵を呼びつけて失踪した夫を探させる。こういうハードボイルド・サスペンスに登場するローレン・バコールには、あのボガートの妻だったというオーラが、他ジャンルの映画に出ている時よりも、より大きく輝きを増す感じがする。



この大富豪の屋敷は、「ハリウッドの大富豪の家」としてよくロケに使われる屋敷(ランドルフ・ハーストの邸宅だったビバリー・ハウス)ではなかろうかと思うけれども、違うだろうか。両側をヤシの木に囲まれたプールのある中庭に、全体にスペイン風のオレンジの屋根瓦の乗った建物。ハーストのビバリー・ハウスは「ゴッドファーザー」の中では映画プロデューサーの屋敷として使われ、「ボディガード」ではヒロインの歌手の屋敷として使われていた豪邸だ。多分、「動く標的」で富豪の屋敷として使われているのも同じ屋敷ではなかろうかと思う。とにかく、この屋敷ほどザ・ビバリーヒルズという雰囲気の屋敷も他にそうそうないだろう。1920年代に建てられ、ハーストが亡くなるまで愛人と住んでいた屋敷が、その後所有者が変わりながらも敷地ごとそのまま残り、いまだに映画の中でその外観や内装を見ることができるというのは、なかなか素敵な事である。



かように、この映画はストーリーよりも、登場人物のキャラや、主人公の運転する車や、依頼人の豪邸や、60年代のロスの空気感や時代色などを楽しむ映画だと思う。

富豪を取り巻く人物の一人として、お抱えパイロットという胡散臭い役でロバート・ワグナーが出演している。どこがいいのかわからない特徴のない二枚目(さして二枚目でもないが、一応そういうカテゴリに入っているらしい)だが、女性にはモテたらしく、二度も結婚したナタリー・ウッドを始め、何人もの女性と結婚離婚を繰り返す、という典型的なハリウッド俳優の私生活を送っている人物である。どこがいいのかサッパリわからないが何故か女にはモテる、という役でこの映画にも登場していて、つまりはハマり役という事かもしれない。富豪のハネ返りの一人娘ミランダに惚れられているが、相手にしていない。が、富豪の娘と結婚して財産を狙った方が、こういう手合いにはふさわしいのではないかと思う。意外に純情で、他に本命の女がいたりする。



その本命の女を演じるのは、なんと「エデンの東」のジュリー・ハリスである。外見的には少しスガれて来ていて、中年にさしかかっているのだが、酒場で歌っているジャズ歌手という設定で、アンニュイな歌も披露する。それなりに雰囲気が出ている。
余談だが、このジュリー・ハリスも、ジャネット・リーも、このあと70年代に入って、「刑事コロンボ」にゲスト出演している。どちらが出た回も傑作で(ジュリー・ハリスは「別れのワイン」、ジャネット・リーは「忘れられたスター」)、時折思い出したように見るのだけれど、コロンボに出た時にはさらに年齢が進んだ状態のジュリー・ハリスとジャネット・リーの、そうなるまでの過渡期の状態を見られるのが、この「動く標的」なんだな、と今回気づいた。



その他、太って中年になったかつての女優という役でシェリー・ウインタースが登場。この人はこういう役回りが十八番で、けっこう上手い。役の上とは言いながら、デブとかババァとか言われるような役を得意とするのはけっこう腹を据えてかからないと出来ないと思うけれども、アッパレなほど開き直っている。演技派の矜持かもしれない。シェリー・ウインタースというと、「陽の当たる場所」で、エリザベス・テイラー演じるお嬢様と結婚したい野心家の青年モンゴメリー・クリフトにぶち殺される腐れ縁の女を演じていたのが印象深いけれども、売り出す前は、互いに駆け出し時代にマリリン・モンローと仲が良かったらしい。当時はお金がなくて、いろいろとシェアしあったようだ。



で、あまり好きではなかったポール・ニューマンについては、本作を観て、ハマり役というだけあって、やはりなかなか良い感じだな、と見直したのだけど、一番良かったのはラストの、友人の弁護士アルバートとの会話である。

昔馴染の友達だった二人だが、昔望んだ夢とは程遠いところに現在は立っている。お互いに随分変わってしまったものだという感慨の中で、どんな気持ちで浮気の証拠写真なんぞ撮ってるんだ?(しがない私立探偵を何故続けているのか)と、アルバートに問われて、ハーパーは、「去年はのべ8ヶ月は胸のむかつく毎日だった。だが、5〜6週は違った。生きてる実感があった。だから薄汚い商売でもとことんやる」と答える。これは、すべてのハードボイルドものの探偵に通じるセリフではなかろうか。このセリフはハーパーのセリフでもあり、マーロウのセリフでもあり、サム・スペードのセリフでもあると思う。



そして、さしたる筋立てではないこのサスペンス映画のどこに値打ちがあるのかというと、「ハードボイルド探偵」とはいかなるものか、という事と、彼らの抱える癒しがたい「業」を、アイロニカルに伝える事に成功している、という部分であろうと思う。このラストのセリフこそは、この映画の精髄であり、すべてのハードボイルド探偵ものの精髄ではないかと思うのだ。

コメント

  • 2016/11/28 (Mon) 07:48

    おはようございます。
    ポール・ニューマンってギリシャ的な典型ハンサム顔なのに、最初ちょっと受け入れるのに時間がかかる俳優ですよね。
    当時の流行り(?)で顔の造形が似ているマーロン・ブランドみたいに男汁が噴き出した感じでもないし、本当にハードボイルド役が似合ってるのかもわからない。
    まあ、男汁溢れる=ハードボイルドではなかろうけど…。苦笑
    「明日に向かって撃て」や「スティング」みたいに、クールなシーンとニマッと笑って人を出し抜いたり、軽いノリで子供のようにハシャいだりするニューマンの方が、当時のハリウッド二枚目俳優の中で個性を出せてたように思うのです。
    そんな彼は好調だった「ハスラー」「ハッド」に続き、頭文字が「H」にこだわっていたんだそうです。
    その流れでのこの「ハーパー」ですね。笑

    あくまでもわたくしの中だけでの話ですが、昔からポール・ニューマンと岩城滉一がダブるw。
    顔は全然違うけど、どちらもメカ好きレース好き、愛妻家(?)で、都会というより地方が似合う。
    あと岩城滉一が実際やってるかわからないけど、農園の土臭さがどちらもある(ように思うのです)。
    ニューマンはご存知のように幅広く農園を経営し、自社ブランドのドレッシングまでありますよね。
    ああいう俳優業以外への強い興味とこだわりが一筋縄ではいかぬニューマンの魅力にもなっているでしょうし、なんとなくすぐには取っつきにくい雰囲気を醸し出しているような気が致します。
    名優だろうけど、あなたのキャラって本当は違うよね?…っていう「徹底さ」のなさがあるんですね。苦笑
    あくまでも私見です。

    最後に、ローレン・バコールの素敵さよ。THE LOOK!

    • Sanctuary #V0sVL5lk
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  • 2016/11/29 (Tue) 21:22

    Sanctuary さん こんばんは。
    ニューマン、何が引っかかるんですかね。何かが引っかかるんですよね。
    物心ついた時から、かっちょいい俳優というスタンスでドーンとステータスがあった、という印象なのだけど、なんだかワタシはあまり好きになれず。妙にカッコつけてる感じがダメだったのかな。今となってはよくわかりませんが(笑)
    ニューマンというと、日本で車のCMに出ていてシメの一言で「トゥゥゥーリフィック(terrific)」とキザにキメていたのを思い出すんですが、このCMで”terrific”という単語を知った事も懐かしく思い出しますわ。

    ポール・ニューマンと岩城滉一がダブりますか? ひょ〜〜〜。それは考えた事もなかった取り合わせですが、面白い見方ですね。ふ〜〜〜ん、そうかなぁ。まぁ、レース好きとかそういう面でだけはそうかもですが、ニューマンはインテリですよね。ワタシ的には岩城滉一ってあまりオツムがよくなさそうなイメージがあるので、そこで大きく乖離があるかな、という感じがするんですけれども。ともあれ、面白いご意見ではありますね。ふふふ。

    「動く標的」の冒頭の、あの作り込んだ、あと一歩でくさくさなまでにやっているあの感じというのは、ああ、確かにアクターズ・スタジオって感じだな、と思ったりしました。かなり自己陶酔な一人芝居って感じですよね、あれは(笑)

  • 2016/12/02 (Fri) 09:51
    雨降りだからミステリーでも勉強しよう

    kikiさんこんにちは.
    ボクも以前ミステリー読み漁り、その指導書ともいえるのが植草甚一著 "雨降りだからミステリーでも勉強しよう" でした ・・・・・ ボクのブログタイトルもこれから取りました.
    ダシール・ハメット 、 ロス・マクドナルド 、 レイモンド・チャンドラー 、 エド・マクベイン 、 E.S.ガードナー 、 ノエル・カレフ など読みまくった記憶がありますが、内容はほとんど忘れちゃいました (笑)

    ボクも、 ポール・ニューマン はそれほど好きではなく、同世代だったら間違いなく S.マックイーン になってしまいます.
    日本人的にはわからない良さがきっとあるのでしょうかね.


    そして ローレン・バコール + 私立探偵といえば "三つ数えろ"
    やっぱり ハンフリー・ボガート の フィリップ・マーロウ だろうなぁ.

    ボクも WOWOW で先日観たけれど、私立探偵とか男らしさみたいな部分で古き良き時代を改めて感じさせられました.

    ハードボイルド ・・・・・・・ 今になっては忘れ去られたような古き良き時代の名残りかもしれませんね.

    久しぶりに "三つ数えろ" が観たくなりました

  • 2016/12/03 (Sat) 11:48
    Re: 雨降りだからミステリーでも勉強しよう

    la_belle_epoqueさん こんにちは。
    植草甚一氏はミステリー好き、ジャズ好きにとっての指南者という感じですよね。そしてla_belle_epoqueさんはどちらもお好きということで(笑)ブログタイトルも植草氏の著書からですか。かなり信奉されてるんですね。

    ニューマンて、日本人にはちょっと抵抗のあるタイプなのかもですね。マックィーンと並んで大スターだったようですが、日本では多分、マックィーン好きな人の方が多そうですよね。

    ボガートのマーロウは、ワタシも何度か「三つ数えろ」観たんですが、マーロウとしてはう〜〜む、という感じなんですよ、ワタシ的には。ボガートは「マルタの鷹」のサム・スペードの方が良いような気がします。
    ワタシの中では、マーロウの決定版はやはり「さらば愛しき女よ」のロバート・ミッチャムです。できればもう10年早くこの映画が作られていれば、ミッチャムは年齢的にもベリーベストだったと思うんですが、少し爺さんになりかけていても、この映画のミッチャムはいいと思います。

    いずれにしても、
    ハードボイルド探偵物は、現代に再び復活してほしいジャンルですよね。

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