「アルカトラズからの脱出」

~Good-bye so long~
1979年 米 ドン・シーゲル監督



これを観ていると、あれを思いだし、あれを観ているとこれを思い出す、という作品がある。ワタシはこのテの作品が結構多いのだけど、その組み合わせの一つが「アルカトラズからの脱出」と「ショーシャンクの空に」である。「アルカトラズ」には「ショーシャンク」の叙情性は無い。その代わりに乾いたタッチで淡々と主人公が4人で脱獄チームを組んで準備を進める様子が描かれて緊迫感がある。それに「アルカトラズ」のフランク(クリント・イーストウッド)は無実の罪などではない。立派な重犯罪で監獄島にぶち込まれてきたのである。



が、「アルカトラズ」で提示された人物の図式は、そのまま「ショーシャンク」でも使われている。敵役である傲慢で憎さげな所長。一体、何の罪を犯したのかと思えるような穏やかで哲学的な老人の受刑者(絵を描くドクや、鼠を飼っているリトマスなど)。内部で一目置かれている黒人の受刑者などの設定である。そしてお約束の主人公の貞操の危機。(笑)イーストウッド演じるフランクは勿論、指一本触れさせずシャワールームで寄ってきたウルフという名の白熊みたいな男を叩きのめす。「ショーシャンク」ではまず原作を先に読んでいたので、そのシーンは避けて通れないのはあらかじめ分っていた。原作では小柄なフランス系の男であるアンディを190cmを越えるティム・ロビンスが演じるのが面白いと思った。あんな大男では押さえつける方だって大変である。また、原作ではアイルランド系で赤毛なので「レッド」と呼ばれている囚人を、モーガン・フリーマンに当てたところがミソであろう。この役に黒人のフリーマンを持ってきた配役の裏には、「アルカトラズ」に出てくる印象的な黒人受刑者・イングリッシュ(ポール・ベンジャミン)のイメージがあったのではないかとワタシは思っている。

 "イングリッシュ"

イーストウッドが良いのは言わずもがなとして、何を隠そう、ワタシはこのイングリッシュがなんだか好ましいので「アルカトラズ」が好きなのである。最初に観た時からいい味だなぁと思っていた。現在、ワタシの手元にあるのは、昔懐かしい洋画劇場から録画した吹替え版である。イーストウッド物に限っては、昔の山田康夫吹替えが耳に馴染んで日本語のセリフもいいので、本人が薄い声でしゃべっているものよりも値打ちがある。ポール・ベンジャミンは小林 清が声を当てている。イメージぴったりである。このコンビはかの「ルパン三世」のルパンと次元のコンビである。だから余計に掛け合いシーンは阿吽の呼吸。図書係イングリッシュの助手になったフランク。「字は読めるかい?ぼうや」とイングリッシュ。「英語の本ならな、ぼうや」とフランク。間合いと声音が絶妙。今、吹替えで映画を見ていても、この頃のような深い味わいは到底感じられない。吹替えと聞くとウンザリするだけである。そして、イーストウッドの吹替えばかりはクリカンで代用することはできない。昔録画したイーストウッド物は「ダーティ・ハリー」を含め、とても貴重なのである。
憎まれ役の所長を演じるのはパトリック・マックグーハン。実にハマリ役。「コロンボ」でも何度か犯人役をやっていたが、陸軍幼年学校を経営している退役軍人の犯人役が印象に残っている。軍人が似合うタイプである。自分の似顔絵を描いた老人の囚人(ドク)から絵を描く楽しみを取り上げるシーンはこの人の面目躍如の観がある。結局、この所長は間接的に老囚人二人を殺すことになる。

 ニクいよ、所長!

「ショーシャンク」は脱獄お伽話みたいなノリもあったので、あんなに掘ってポスター1枚で気づかれないってことはあるまいよ、とも思えたが、「アルカトラズ」は実際に起きた脱獄事件をベースにしているので、ふ?んという感じである。毎晩、消灯してから中学生の工作の宿題のように排気穴のダミーをこさえたり、自分の首人形を作って床屋係から髪を集めて貼りつけるシーンなど、何度見てもゾクゾクする。実際の脱獄は防水コートで作ったボートで海に出るまでは行ったが、その後杳として脱獄犯たちの行方は知れない。サンフランシスコ沖合いまで僅かだが、海水が冷たく本土まで辿りついた者は居ないのだ。逃げ切ったのかもしれないが、実際のところ溺死したという公算が高いらしい。
が、実際のところはともかくとして、当然イーストウッドのフランクは成功したであろうというイメージで締めくくられている。決行の翌日、フランクの独房を見に行った看守は、張りぼての首人形を発見する。床に転がったフランクの首があざ笑っているかのように見えるのが痛快だ。また、ドクを象徴する菊の花を海岸に落したフランクの無言のメッセージを、所長が憎さげに握りつぶす姿も印象的である。4人のうちでなんかトロイなぁ、こいつ、と思っていた男は、やはり一人逃げ遅れてしまうのだが…。

 "so long,boy"

明日は監房を移動させられるという日の夜、いよいよ決行する前に、フランクが本を配りに来たイングリッシュにそれとなく別れを告げるシーンが好きだ。「また明日な」というイングリッシュに「good-bye,boy(あばよ、ぼうや)」とフランク。イングリッシュはじっとフランクを見つめる。フランクが鉄格子の隙間から手を出し、二人は初めて握手する。白人と黒人。だが、お互いに相手に一目置いている同士のさりげない友情がにじんでいる。おもむろに立ち去りながら言う、イングリッシュの「so long,boy(達者でな、ぼうや)」がしびれる味わい。ここだけは原語の方がいい。

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