「裏窓」

~優雅なる50年代~
1954年 米 アルフレッド・ヒッチコック監督



ワタシはヒッチ作品の主演女優の中では、コケティッシュなティッピ・ヘドレンが一番好きだけれど、ヒッチ先生本人に訊いたら、きっと一番のお気に入りはこの人だと答えるだろう。
グレイス・ケリー
ワタシはグレイス・ケリーはそんなに好きというわけでもないが、「裏窓」はとても良かったと思う。

これはヒッチ作品がニュープリントでリバイバル公開された時、劇場で見るチャンスは滅多にないわ!とシネスイッチ銀座に観に行った。もう随分前のことになる。
ニュープリントのヒッチ作品を銀座で観るなんてまたとない機会。こりゃ行かなくっちゃというわけで、「めまい」も観たし「ハリーの災難」も観に行った。シネスイッチ銀座は和光の脇の道をちょっと入ったところにある。山野楽器の裏手。ロマンティックな映画を観て、外に出たら銀座のど真ん中。夜空もネオンで輝いている。ちょこっとワインでもたしなんで、イタ飯でも食べて帰りましょ、ってな気分になりまするよ。この映画館で「サブリナ(麗わしのサブリナ)」のリバイバル上映を観た日は映画館を出て銀座を歩きつつ、頭の中で「Isn't it Romantic?」のメロディが流れっぱなし。
夜風は甘く、小娘だったワタシは駅までの道をスキップしながら帰った。

さて、「裏窓」。
噂だけは聞いていたが、それまでTVなどで放映されたのを観た事がなく、私は幸運にもこのシネスイッチ銀座での鑑賞が初鑑賞になった。パラマウントの大きなスタジオ一杯にセットを立て込んで作られたというあのグリニッジ・ヴィレッジのアパートの、裏窓の並ぶ光景。ヘビー・デューティを愛する報道カメラマンのジェフ(ジェームズ・スチュアート)と、彼が本筋の仕事の片手間に撮ったファッション写真の仕事で知り合った売れっ子モデルのリザ(グレイス・ケリー)。
彼女は売れっ子モデルであるだけでなく、実家もお金持ち。
ジェフ的には、全く生きる世界が違う相手だ。
美人で魅力的だが、彼女の世界に取り込まれたら自分は終わりだと思っている。
レース写真を撮っている時のアクシデントで脚を骨折し、現在はギプスで固定した脚で車椅子生活のジェフ。日頃は寝に帰るだけのアパートに閉じ込められて退屈のあまり、部屋の窓から見える目の前のアパートの住人たちの生活を、あれこれと定点観測するようになる。何かに書いてあったが、これはアメリカでもエアコンが普及していない50年代だから設定可能だったお話で、夏だからといって、こんなにどこの家もカーテン全開、窓も開け放って外から生活が丸見えなんて、エアコンが普及してからはあり得なくなったというのだ。そうかもしれない。


大好きなグレイスにぺったりとくっついているヒッチ

動けないので覗きを始めたジェフに、通いの看護士ステラ(セルマ・リッター)が手際よくマッサージをしてやりながらポンポンとお説教をする。
「骨折した挙げ句に覗き。余計なものを見る。トラブルの臭いがぷんぷんするわよ」
「水着美人を毎日見てても体温が上がらない。ホルモン不足ね」
「男と女が出逢って好きになれば、車の衝突みたいにくっつくものよ。標本みたいに分析してどうなるの」
「理性ぐらい災いの種になるものはないわ。本や言葉で武装し分析しあって、自分の本当の気持ちもつかめないのよ」
実にごもっとも。見事な警句のオンパレードだ。
立て板に水でしゃべりまくるセルマ・リッターの見せ場でもある。ずっと動きながら澱みなく台詞を言う。舞台劇のようなシーンだ。そういえば全体にこの作品は舞台劇のテイストが濃い。



そして看護士が帰り、日が暮れると麗しのリザ(グレイス・ケリー)がやってくる。有名クラブ「21」の仕出しの夕食を従えて。この作品でのグレイス・ケリーはパラマウントのデザイナー、イディス・ヘッドが心を籠めてデザインした衣装の数々を着て現れ、まさにプライムタイムの洗練ぶり。特に初登場のシーンの服はイディス・ヘッドらしいデザインでグレイス・ケリーを引き立てている。自分の信条とするシンプルでエレガントな服をもっとも理想的に着こなしてくれる女優はグレイス・ケリーをおいて他にない、とイディスは思っていたが、グレイスはMGMの専属で、普段は彼女の衣装をデザインする機会がない。この「裏窓」は、グレイスがパラマウントへの他社出演となり、念願かなってやっと巡ってきた機会だった。それだけに、いい仕事をなさっている。髪をアップにしてモス・グリーンのツーピースを着て現れるシーンは、後年「鳥」のティッピ・ヘドレンはこの時のグレイスをモデルにヘアスタイルもモスグリーンの服も決められたのかな、と思ったりする。上着を脱ぐと白いホルターネックのブラウス。無機質なほど白く細い長い腕がブラウスから優雅にのびている。こういうブラウスは、こういう百合の茎みたいな腕じゃないと絶対に似合わない。




美人でお嬢様のリザに、君は完璧すぎると言うジェフ。愛するジェフですら自分をうわべだけでしか判断しようとしない事にふと悲しそうな顔をするリザ。美人には美人の悩みがある。「美しい女は何もしなくていい。ただそこに存在していればいいんだ」なんて言われてもねぇ。まぁ、ちょっと言い争いをしても彼女はめげずに翌日もアパートにくるのだけど。
リザはタフで強い意志を持つお嬢様なのである。それは四角い顔にもよく現れている。彼女はジェフに報道カメラマンを辞めさせて、自前のスタジオを構えるファッションカメラマンになって欲しいのだ。…う?ん、リザ、それは無理だと思うよ。


白髪の巨漢で迫力満点のレイモンド・バー 役名があるのだけど役者にインパクトがありすぎて…

レイモンド・バー演じる妻との不和を抱える男が犯した犯罪を裏窓を覗きつつ推理し、動けないジェフの代わりにお嬢様リザが冒険して証拠をつかんでくる、という本筋も面白いのだが、何度か見ていると定点観測の対象である、他の部屋の住人たちのエピソードに味わいを感じる。
新曲がなかなか仕上がらない作曲家。(作曲家の部屋の客としてヒッチが登場)
新婚で何かと言えばカーテンを閉じて引きこもっているラブラブカップル。
若くてピチピチ。朝から水着姿で体操し、そのフェロモンに引き寄せられて集まる男たちをあやなすミス・トルソー。
一人の食卓を誰かと一緒のディナーのようにしつらえて、一人芝居の果てに涙するミス・ロンリーハート。

ミス・トルソーとミス・ロンリーハートの対比が鮮やかで、それぞれ生活の断片を窓から見える範囲で見せているだけなのに、どういう人生を送ってきたのか、なんとなく想像がつくような描き方をされている。今更言う事でもないが、設定と脚本が非常によく出来ている。
脇の人物たちの動きを追っていると、彼らとすれ違うようにレイモンド・バーが画面に登場して脇の点景から本筋にスムーズに話が戻る。実に滑らかな焦点の移動。構成がうまい。
この脇役の人物たちの人生も、事件の進捗とともに、別次元であれこれと展開していて、事件が解決したころにそれぞれの人生にも悲喜こもごもの転機が訪れている。
男に囲まれていたミス・トルソーの意外な本命や、ミス・ロンリーハートにもついに幸せが訪れそうな気配に、見ているこっちもほっとする。
隅々まで目配りの利いたうまい脚本と演出だ。

 頑張れミス・ロンリーハート

本筋、妻殺しの男の犯罪を推理するジェフの言葉をリザが信じ、彼の手足となって素人探偵をはじめるあたりで、きれい事の優雅な世界から一歩も出ないと思っていたリザの行動力にジェフが惚れ直し始める様子や、それを機にさらにグイグイとジェフに迫っていくリザの恐るべき積極性と懲りなさ加減も話の流れの中できっちりと描かれていく。
このリザ。美人でお金持ちで洗練されていて頭も良くて非のうちどころがないが、あまり気乗りしていない男のところに、相手が動けないからといって毎日毎日やってきて、挙句の果てにはベッドも1つしかないし、という男の部屋に強引に泊まる事に決め、抵抗する男に「そんなことを言っていると明日も泊まるわよ」と駄目押しの爆弾を投下する。美人じゃなかったら恐怖の「座敷女」のようなものであるが、美人であってもストーカー気質といえないことはないだろう。けれど、優雅な姿でにこやかに現れ、旅行の荷物はシンプルなのが一番、と言ってマーク・クロスのオーバーナイト・バッグをパチンと開くグレイス・ケリーはやはり絵になっている。男の骨折と、予期せず起きた殺人事件解明に関わっていくうちに、膠着状態だった自分のロマンスも一挙にグイっと進展させる。お嬢様はパワフルだ。殺人犯レイモンド・バーの妻が旅行には出かけてない証拠の結婚指輪を探しにいって自分の薬指にはめ、部屋から望遠レンズで見守るジェフに示すシーンは、「殺された奥さんの結婚指輪があったわよ」ということと「いい加減に私たちも結婚しましょうよ」という意思表示でもある。こんな女に目をつけられた男は、金輪際逃れることはできないのだ。

事件を解決したとはいえ、他人の生活を覗き見た報いでジェフはいい方の脚も折る羽目になってしまい、更に療養生活は延長。因果応報も効いている。
一方、ジェフに合わせてヘビー・デューティ・ライフに切り替えたかに見せかけたリザは、こっそりと「ハーパース・バザー」を眺めているというラストも二人の今後を暗示するようでもある。どちらかの世界に100%引き込もうとしたらあっという間に破綻だろうから、互いの仕事は尊重して分け入らないのが一番ですぞ、リザ。



50年代はアメリカがもっとも繁栄を謳歌した優雅な時代である。この時代の映画を観ていると「21」や「エル・モロッコ」といった高級ナイトクラブが名前だけでも必ず登場する。パーク・アヴェニューの高級住宅地に住むリザはそういった優雅な50年代のNYの匂いをぷんぷんさせている。
実際にもアイルランド系の実業家の家に生まれて(実家は同じくアイルランド系のケネディ家と親交があったらしい)大金持ちのお嬢様だったグレイスは女優を目指してNYに出てきて演劇学校時代はモデルをやっていた。そんな彼女の側面を上手くキャラクターに生かした作品で、BGMのロマンティックな旋律も、いかにもアメリカがもっとも良き時代であった50年代のムードに溢れている。
ヒッチ作品としても1,2を争う傑作で、ロマンティックでありつつも、ユーモラスでもあり、お得意のサスペンスもきっちりとスリリングに展開し、一瞬も観客を飽きさせない。車椅子に乗ったまま動かないのに存在感のあるジェームズ・スチュアート。植物さんのようなヒョロリとした体型(こんなに鍛えてないハリウッドスターも珍しい(笑))ながら、好奇心に満ち、現場を愛し、自由を愛し、世界中を飛び回りたい報道カメラマンの心情もよく出ていた。キャパみたいな男という設定なのね。

手元にあるのはJT一社提供でノーカット字幕版でTV放映されたときのもの。JTのCMだけが控えめに挟まってくるが、中に薫サン(小林 薫)の出たCMも入っていたりして、ワタシ的には捨てがたいビデオテープになっている。

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